03.c.
2011 / 12 / 27 ( Tue )
「あれ、カレシに見捨てられた? カワイソー、オレらがいるから泣かないでねん」
 いやらしい声の男が生き生きと言う。奴らは、夜道を歩くカップルを襲うつもりで近づいてきたらしい。最初から二人合わせてやり込めると見積もって。

「別にヤローの方はいらねーよ。何も持って無さそうだったし、せいぜい奴隷としてどっかに売ろうにも安値だったろーよ」
 ミスリアが認識した三人目の男は、背筋の曲がった大男だった。

 気味悪い夜盗どもが今まさに襲ってくる恐怖より、ミスリアにとってゲズゥが居なくなったことの方が遥かに重要事項だ。
 予想できていたとしても、実際に起こると衝撃だった。
 
 見捨てられた。逃げられた。この場面で。まだ、国境が全然遠いのに。
 それどころか、苦労してシャスヴォル国に来た意味すら皆無に等しい。

 ウソツキ、薄情だ、非道だ、なんて怒っても仕方が無かった。人を見る目がなかったというだけの、自業自得だった。
 今にもくずおれそうな膝に力を入れて、なんとか持ちこたえた。

 この場をしのぐことが最優先だ。
 生きたまま売られるというのなら、どこかに逃げる隙があるか……。
 目が潤む。まだ旅立ってもいないのに早速災難に遭うって。なんて醜くて恐ろしい世界だろうか。

「しっかしビックリだぜ。マジ逃げ足はえーし」
「ホントいつの間に」

 夜盗たちの視界からも、ゲズゥは唐突に消えたらしかった。

 まぁいいかそれよかさっさとお嬢ちゃんを捕まえようぜ、と酒臭い最初の男が言う。こいつがリーダーらしかった。
 背筋の曲がった大男の無骨で汚い手が、ミスリアの右手首を掴んだ。

 手首にかかった圧力に反応して全身に恐怖が流れた。灯りに浮かぶ薄笑いに寒気がした。
 怖くて声すら出ない。逃げる隙なんてあるわけない、と本能が訴える。心は絶望に満ちた。

 と、その時。
 何か影のようなものが大男に横から衝突し、男を吹っ飛ばした。

 ミスリアは解放された手をすかさず引いて、さすった。気持ち悪さは消えない。
 一拍ほど、何が起きたのか誰も飲み込めずに居る。

「おい、何だいまの」
 いやらしい声の小柄な夜盗が松明を片手に、飛ばされた男の様子を見に行くと、影が再び旋風のように通り過ぎて夜盗を反転させた。ゴツッ、と嫌な音がする。

 宙に飛んだ松明を目で追ったら、見覚えのある手がそれを受け取った。
 影の正体はゲズゥだ。前が開いたままの上着がヒラヒラしている。変わらず無表情だ。

「コイツ、逃げたんじゃなかったのか。あんまコケにしてくれんなよ!」
 残る夜盗の一人、歯が何本か欠けている男が右手で曲刀を抜いて襲い掛かる。

 ゲズゥは右手の松明で刀を受け止めたが、鉄と木では鉄の方が勝る。松明は半分に切られ、炎の部分は再び宙を舞う。
 しかし切り終わる以前にゲズゥは松明を手放した。間合いをつめ、空いた左腕で夜盗の右肘を掴んで封じ、間髪入れずにみぞおち目掛けて蹴りを入れた。キレイに決まったらしく、相手はうめき声を漏らして倒れた。

 当のゲズゥは落ち着いた目をしてる。
 彼の流れるような動きに、残った夜盗二人は呆気にとられていた。

「……襲ってくれて好都合だな。礼を言う」
 ゲズゥはぼそっと静かに呟いた。
 皮肉のようで、本気で言ってるようにも聴こえる。

 気が抜けて、ミスリアはそのまま膝から崩れて草の上に尻餅ついた。
 ミスリアを背にかばうようにゲズゥが正面に立っている。ズボンのポケットに片手を突っ込んで、まったく緊張感を纏ってない。むしろ息も上がっていない。一体どういう運動神経をしてるというのだろう。

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