03.b.
2011 / 12 / 25 ( Sun ) 最後の会話から数十分、沈黙の中で歩き続けている。
ミスリアは段々、くるぶしまである長さのスカートが鬱陶しくなってきた。かといって脱ぐわけにもいかない。一目見て「聖女」のそれとわかる制服は身元を示すに役立つ反面、動きにくいのであった。首都を出て道がなくなったから余計に、草を踏み分けるのが面倒だ。 着替えや非常食など旅に必要な本格的な支度は、これからする予定だ。ゲズゥ・スディルの処刑を止めるのが先決だったために後回しになった。ミスリアは懐にしまい込んでる貴重品しか所持してない。 十歩先を歩く青年を仰ぎ見た。 身長差や体力差があるからどうしても歩幅が違う。ゲズゥには、足並みを揃えるつもりも無いらしい。ブーツが足にこすれて痛いのに、ミスリアはまだ言い出せずにいる。 (まぁ、なんとかやっていけるかな……思ってたより協力的だし) それがどこまで表面だけのものかが問題だが。 『死を免れるためなら、人間はどんな甘言でも吐くぞ』 シャスヴォル国の国家元首の言葉を思い出す。 甘言を吐くようなひねくれた性格には見えない――なんて、出会って一日も無いのに結論付けるには早いか。 先が思いやられるけど、それでもどこかわくわくしている自分がいる。 誰かと長い旅をするのも北へ行くのも初めてだ。不安よりも純粋な好奇心が勝る。 その時、前を歩いていたゲズゥがふいに足を止めたので、隣に並んだ。 「何か?」 問いかけても彼は前を見据えたまま、答えない。何かに気づいたのだろうか。 ミスリアも注意を払ってみる。 夜のそよ風の匂い。 どこからともなく響く夏の虫の鳴き声。 日が暮れて間もないので、辺りは宵闇に包まれつつある。 辺りは丘と岩と低木ばかりで、民家の気配が無い。 流石に一晩中歩き続けるには暗い。ミスリアは夜目に自信が無いが、夜通し行動し続けることを提案したからには、ゲズゥは見えているのかもしれない。晴れているのがせめてもの救いで、星の光に期待できる。新月なので月の姿はない。 再びゲズゥの顔を見ると、彼は眉をひそめていた。 何かと思って前を向いたら、そこでパッと明かりが灯った。松明の炎だ。複数の人間が前方にいる。そして素早く近づいて来る。岩や低木のそばに潜んでいたのだろうか? 急に明るくなったので、驚いて何度か瞬いた。目の焦点が合わない。 「嬢ちゃんよぉ、こんなトコォ夜中うろついちゃ駄目だって、母ちゃんに教わんなかったんかい」 酒の臭いのする男が言った。 「キレイな格好してるな。懐には何かイイモノ持ってたりしねーか、嬢ちゃん」 いやらしい声のトーンで、別の男が言う。 「別にいいぜ、手ぶらでも。高値で売れそうだよなぁ、聖女とかって」 うけけ、と三人目の男が喉を鳴らしながら言った。 「やべーよ、オレ我慢できねーからヤっちゃっていい? ダメ?」 「手ェ出したら価値下がるんじゃね?」 またしても別の声が二つ。 ようやく明かりに目が慣れてきたと思ったら、大小さまざまな体型をした五人の男が、半円を描くようにミスリアを囲んでいる。 人生経験が浅いミスリアとて、すぐに状況を飲み込めた。夜盗だ。当然、全員が何かしら血に錆びれたと思しき武器を携えている。 思わず隣を向いたら、驚愕に身を固めた。 さっきまで居たはずのゲズゥが忽然と消えている。 |
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