α.2.
2018 / 07 / 01 ( Sun )
この前試験的に冒頭を書いた話、ふらふらと続けるかもしれません。
不定期。五話くらいたまったら目次作りますかねぇ。

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 不快な夢から目が覚めた。
 濃厚な、食べ物が熱されている匂いがする。アイヴォリは小さく呻いて右手の甲を額に触れた。熱い。手も、額も、燃えているようだった。
 目をぎゅっと瞑って改めて見開き、状況を掴もうとする。
(城の中……じゃない)
 天蓋どころか、いくら仰げども天井が見当たらず。手足や背中を支えるは、自室の広く柔らかいベッドとは遠くかけ離れた、ざらついているようで湿った感触だ。
 思わず涙がこぼれた。
 夢ではなかった。寝て起きればすべてが元に戻るわけが、なかった――。
「やっと起きたわね、眠り姫さん」
 若い女性が覗き込んできた。反射的にアイヴォリは急いで起き上がる。
 急ぎすぎて目が眩んだ。
「大丈夫? だいぶうなされてたっぽいけど、食事の用意してて起こしに行く余裕がなかったのよ、ごめんね」
 気分が悪い。胸元を押さえてうずくまっていた間、女性が力強い手つきで背中をさすってくれた。
「はい、呼吸はゆっくりシッカリとね」
「……う」
「とりあえずほら。水飲みなよ」
 視界が揺らぐ中、右手の中に何かを無理やり突っ込まれた。革製の水筒らしい。アイヴォリは水筒を弱々しく握り、口に運ぶ。
 不味い。不味い水というものが世に存在するのだと初めて知った瞬間だった。咳き込んだ。
 ついでに言って、革製の水筒はかなり生臭かった。革の元となった動物の臭いなのだと理解が追い付けば、ますます気分が悪い。
 吐きそうだと思った時にはもう吐いていた。
「あらら。キレイな服が汚れちゃったね。カジ、なんか拭くもの持ってきてー」
 傍の女性は、まったく怯んだ様子がない。いっそ大げさに反応してくれた方がよかった――羞恥に、アイヴォリは消えてしまいたかった。
 こちらの心境を知ってか知らずか、女性はテキパキと世話を焼いてくれる。されるがままに任せた。
「かわいそうに……いい夢は、まあ見れなかったかな。まだ横になって休んでていいよ。あ、自己紹介がまだだったわね、あたしはアイリス」
 アイリスの手も、微笑みも、信じられないくらいに温かい。初めて会う人間に、こんなに優しくできるものなのか。偽りなのだろうか。横たわったアイヴォリは、わけがわからずに泣いた。
 ぱさり。その時、頭の上に布が被せられた。
「オマエ、どんだけメソメソしてんだよ。アイリスと同じ顔なクセに」
 暗闇に響いた声に、アイヴォリは身を竦ませる。この男性はどうも苦手だ。目の前で残酷に人を殺した男を、好きになる方が無理だろう。
「なんとか言えよ、ほら。ほらー」
「…………」
 黙り込んでいると、アイリスが布を取ってくれた。
「カジ、いい加減にしなさい! 女の子の顔に雑巾被せるとかふざけんじゃないわよ。自分と同じ顔なだけに余計に胸糞悪いわ」
「はっ、急にイイ人ぶってんなよ。そこで横んなってたのがオレだったらオマエ、同じことしてただろ」
「そりゃあ、あんたみたいなのは労わらなくても勝手に回復するからね」
「お姫サマは特別扱いなー、へーい」
 びくりと肩を震わせた。アイヴォリの警戒を高める単語があったからだ。
 息を潜めていると、アイリスが男性に結構大きい石を次々と投げつけた。男性は身軽に全ての石を避けて見せる。おそるべき反射神経だ。
「ああもう! 拭くものありがと、さっさとあっち行きなさいよ」吐き捨てて、アイリスは再びこちらを見下ろす。「ごめんね、アイツはカジオンっていうの。あたしらは腐れ縁っていうか家族っていうか。後で何発かブン殴っておくから、怖がらなくていいのよ」
「…………」
 こんなにも活発そうで暴力的な女性に会うのは初めてだ。自分と同じ顔でこうも違うなんて、アイヴォリには不思議でならない。
 落ち着いて眺めると、似ているのは顔のつくりだけだとよくわかる。アイリスの肌色はより日に焼けていて暗いし、髪は顎の下に届くほどにしか伸ばしていない。袖のないチュニックから除く腕は筋肉が盛り上がっていて、陰影がくっきり浮かんでいる。
「喋れる? よかったら名前教えて? 服が立派だし、やっぱどこかの貴族のお姫サマかしら」
 質問に答えるまでに、しばらく逡巡した。名を明かして素性が悟られてしまえば身が危険ではないだろうか。ここが何処なのかわからないまま、助けてくれたこの人たちが、王国の敵か味方かもわからないのだから。
(このひとたち、教養がどれくらいあるかしら。どこの国の民かしら。もしかして本名を名乗っても、身分まではバレない……?)
 話し言葉は形になってはいるが、いたるところで発音が訛っている。単語の節目も不明瞭で、抑揚の付け方が粗い。聞き取る側の技量を試す話し方だ。
 すなわち、学を得ていない階級の出。
 アイヴォリの様相についても「服」にばかり注目していて、家柄をより的確に象徴する細かい装飾品や刺青にまったく注意が向かないのも、妙だ。そういった物に関する知識が無いのか。
 ――本来であれば口を利くべき相手ではない。
(でも助けてくれたわ)
 恩に報いないことには、シャルトラン家の誇りと品格を損ねかねない。
 心を決めて、姿勢を正す。起き上がらなくてもいいとアイリスは言ってくれるが、なんとか背筋を伸ばしたかった。
 視線も真っすぐにして、唇を舌先で湿らせる。
「初めましてアイリス、カジオン。まずは、助けてくれてありがとう。私の名前は――アイヴォリ」
 眼前の少女と、彼女の背後で大きな鍋をかき混ぜていた青年が、ギョッと目を見開いた。
「すごっ! 喋れるんじゃん! 言葉超キレイ、音楽みたい!」
「つーか声までアイリスに似てんな。気味悪ぃぜ」
「そんなことないわ」
「いいや、似てる。ピッチがアイリスよか高いけどよ、なんつーの、声質? 響き方? 似すぎててキメェ」
「キモイとか言うな! ホント失礼ね! 今すぐ蹴らせろ!」
「いいぜ来いよ、返り討ちにしてやる!」
 宣言通りに拳と蹴り技が飛び交う。このふたり、じゃれ合い方がどこまでも暴力的だ。
「あ、あの……」
 この様子では、素性を感付かれた心配は無用そうだ。胸を撫で下ろすと、今度はお腹から切なげな音がした。
 なんて恥ずかしい。笑ってごまかせる間もなく、カジオンが大笑いし出した。
「スープできてるぜ、食ってみるか? 吐いたばっかで腹減ってっだろ。具少なめで胃にも楽なはず。タブン」
 笑いの後に続いた呼びかけは――何故だかとても、優しかった。

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