63.j.
2016 / 10 / 31 ( Mon )
「ご、さい」
 驚いてオウム返しにする。
「村を訪れた異邦人が、族長だった父との面談の最中に激昂して剣を抜いた。事の顛末は正確にはわからないが、父は顔色ひとつ変えずにそいつを斬り捨てた。例の湾曲した大剣で」
 ゲズゥは母親と共にその場に居合わせたのだという。

「俺はあの時から、他人の死というものに何も感じなくなったのかもしれない」
「そんなことが……。そういえば、命を奪うことは相克だと言っていましたね」
「ある男の影響だ。老夫婦の元にリーデンを残して去ったしばらく後に、俺は別の物好きに拾われた。数年はその男の元で生活した」
「恩師の方ですか」
 まだ幼かったはずのゲズゥにも親代わりとなってくれた人が居たのだと知って、安心したのも束の間。次の発言で、抱いた印象がひっくり返される。

「拾われたと表現するのは違うな。賊の一味で、人攫いと人身売買にも手を染めていた連中だ。俺を調教し利用したかっただけだろう。調教できなければ、売り払うつもりで」
「え」
 悲惨な内容を淡々と話すので、つい耳を疑った。寝返りを打って表情を窺うも、暗くて何も見えない――焚き火は寝る前に消したのだった。
「その人は、今はどうしてますか」
「とっくに死んだ。一味の他の者と意見が食い違って、あっさり殺された」
「……」
「今になって思えば、あの中では、奴だけが理詰めで『悪事』を正当化したがっていたな」
 ゲズゥは記憶の中にあるその人の言葉を語った。

 ――世界は広そうに見えて実は狭いものだ。自分が生きるだけの「場所」は、別の誰かの空間を減らすことでしか得られない。餓死するならともかく、命を全く奪わずに生きるなど不可能だ。誰も殺さずに、自分が生きる空間を守り続けられたなら、幸せな一生かもしれないな。だがアルシュント大陸はそう容易くない。
 ――物理的空間の話じゃないぞ、運命やら宇宙やら、そういった得体の知れない次元の話だ。自分が生きる為に誰かを殺したなら、そこは運命の分岐点。自分が生き延びて相手が死んだという結果の裏に――相手が生き延びて自分が死んだかもしれない可能性が潜んでいた。
 ――全力で生きろ。そして何の為に生きたいかを自問し続けろ。生きがいを持ち、その価値を愛し抜けるなら、どんなことがあっても人は前に進める――

「俺には奴が何を言いたかったのかは半分も理解できないが、とりあえずそのように言っていたことは、記憶している」
 何の感慨も無さそうにゲズゥがそう締めくくる。
「ちょっとだけ参考になりました」
 ミスリアは素直にお礼を伝えた。
 ――生きがいならある。その価値を愛し抜く覚悟もできている。

(生き甲斐だけじゃなくて、死に甲斐も私は持っている。これって結構幸せなのかも)
 ただ、ゲズゥを置いていくことだけが気がかりだった。「天下の大罪人」にはまだ贖罪が残っている。旅が終わっても、別の苛酷な日々が続くのかもしれない。
(気にしすぎよね。この人の精神の強さを、私はよく知っている)
 きっとミスリアが居なくなった後も、彼は上手く生きて行くだろう。リーデンやイマリナも、末永く元気にやってくれるはずだ。

「いつも話を聞いて下さって、ありがとうございます」
 無意識に手を伸ばしていた。闇の中から指先が柔らかな温もりを探り当てる。触れても、それは逃げなかった。
 なんとなく輪郭をなぞってみると、割れた皮膚が微かに湿っているのを感じ取り――
 吐息が指にかかった。
 急な熱に吃驚する。ついでに、唇を触ってしまったのかと二度吃驚する。

(へんな感じ)
 前にもこんな気分になったことはあった。
 戸惑い。その場から逃げたくなる落ち着かなさ――それらを上回る、甘やかな幸福感が胸をくすぐる。
 右手を引き、余韻を大切に握り締めるように左手で包み込む。

「貴方の傍で眠って……目を覚ますのは、安心しますね……」
 安心したら眠くなってきた。這い寄る睡魔に引きずられて、意識が沈んでいく。
「そういうものか」
「はい……ずっとこうしていられたら……よかったのに」
 瞼がゆっくりと下りた。

「そうだな。お前の居る場所はいつも穏やかだ。この『空間』は…………俺が守る」
 答えた声は、信じられないほどに優しかった。
 ミスリアは一度「ふふ」と嬉しさを表してから、おやすみなさい、の挨拶をもごもごと返した。
 意識が完全に眠りに沈む前に、ああ、と額にかかる短い返事を聴いた。

______

 この夜、少女は秘め事を明かしたことと、それを受け入れて貰えたことによる解放感や感謝で胸を一杯にしていた。
 その時を境に――今度は打ち明けた相手が、秘め事を抱き始めたとは気付かずに。

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