62.g.
2016 / 09 / 22 ( Thu )
「そう。出血は?」
「無い」
「それだけ元気があるなら、大丈夫そうですね~」
 吹き飛ばされた体勢から復活したフォルトへが、へらへらと声をかける。
 対するゲズゥは立ち上がるなりこちらを見ようともせず、大剣を背負い直すと、踵を返して歩き出した。

「ちょっと、何処行くの」
 引き止めようとして、手が空振った。
「待って兄さん」
 明らかに、丘の上を目指している。雪崩によって格段に歩きにくくなっている坂道を、意地でも上ろうとしているのだ。察した。兄が歩を進める方向は、聖女ミスリアが連れ去られたと思しき方向である。
 とりあえずついて行った。

「兄さん。おーい」
 何度呼びかけても返事が無い。風が強まり、聴こえにくいということもあるだろう。
(多分、メインの理由はそれじゃないだろうけど)
 やがて前方の兄はしゃがみ、懐から出した道具で火を点けた。
 探しているのだ。

(見つかるかな。あのプリなんたらという女は聖女さんともども雪崩が通らない場所に陣取ってたけど……)
 あれからもう何十分も経っている。加えて、雪は尚も積もり続けているため、ついさっきつけた足跡ですらあっという間に消え失せる有り様だ。
 だが、心配は杞憂に終わる。奇跡的に痕跡が見つかった。ミスリア本人のものではなく魔物の足跡だが――地面の奥深いところに響くほどの質量を持っていた巨体だ――それだけに、跡は深い。

 しかもこれまた運が良いことに、木の根元近くにあった。空から降り注ぐ雪は木の枝葉にまず引っ掛かり、地面の積もり具合はまちまちである。少なくとも五歩の跡があり、そこから進んだ方向も推測できる。
(足跡を急いで辿れば敵の拠点を割り出せるかもしれない!)
 乗り込んで囚われの少女を救出する流れまで想像して、リーデンは顔を上げた。
 ギョッとした。黒い影は走り出していた。いつ視界から消えてもおかしくない距離にまで離れてしまっている。

「ちょっと兄さん!? 単独行動、断固反対!」
 追い縋るも、足が重い。埋もれた際にスノーシューズを多少破損してしまったようだ。
 ――兄さん! 待ってって! 無茶でしょ! 一人で何ができると思って――
 喉が痛くなってきたので、呼びかける方法を切り替えた。脳内通信は、この距離なら余裕で届いているはずなのだが。
 イライラする。
 どう足掻いても距離が縮まらないのだと悟ったリーデンは、何故か手の中にあった物を振り被り――力の限り投げた。

「聞けッ! クソ兄貴」
 携帯式シャベルが、見事な回転を繰り出しながらも突進していく。突風がちょうど耳朶を打った所為で、鉄が頭蓋骨と衝突した瞬間の音を聴き取れなかった点だけが悔やまれる。
(あ、やば、さっき脳震盪起こしたって言ってたね。頭に怪我増やしちゃった……でもまあいっか)
 引き止める方が重要だった。この程度で動けなくなるようなら、敵地に乗り込むなど到底不可能だろう。

「やっと止まってくれたね」
 ゲズゥが後頭部を押さえて屈んでいた間に、追い付いた。
「……用件は何だ、クソ弟。時間が惜しい」
 振り返った左右非対称の双眸は無感情だ。そこに、生理現象による涙が溜まっているさまは、いい気味だと思った。

「逸(はや)る気持ちはわかるよ。僕だって聖女さんが心配だし、一刻も早く会いたい。早く無事な姿を確認して、笑いかけてもらいたい。でもそこに至るまでの段取りを間違えたら……彼女は助からないし、全員死ぬだけだから」
 或いは死ぬよりも酷い結末を迎える可能性もあるが、考えないでおく。
「ちゃんと作戦立てよう。あの二人も、本来は敵だけど今は味方側なんだし、活用しないとね」
「…………」
 表情が翳ったのは一瞬。けれどもそれはリーデンの胸中に小波を立てるには十分だった。

「ほら、立って立って」
 誤魔化すようにやたらと声を出し、兄の肩を叩いたりした。
 一瞬は過ぎ去り、いつもの無表情が戻る。
(あんな傷付いた……ううん、泣きそうな顔するなんて)
 窒息死に対する恐怖とはまた違った種の寒気が、リーデンを震わせた。




この兄弟は腹立つと互いをクソクソ言います。きたねえw
頭の怪我は深刻です。脳震盪は軽くても重くても病院に行きましょう。

今ふと思い出したけどこの兄弟の距離感はPrison Breakと天の祈り大地の願い(ウェブ漫画)の影響を多少受けています。

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