62.e.
2016 / 09 / 17 ( Sat )
「…………僕は君や君の部下の安否にこれっぽっちも興味は無いけど?」
「気が合うな。私も、貴様らが野垂れ死んだところで痛くもかゆくも無い。むしろ天下の大罪人がこれで世から消えるなら願ったりだ」
 しばらくの間があった。女はおそらく雪を掘っているのだろう、あの規則的な音だけが響く。
 リーデンはため息を吐いて我が身を起こした。
 女の考えは既知の通り、変わっていなかった。そしてそれを再確認したところで、リーデンの中の優先順位も変動しない。

「わかってるよ。共通の保護対象の話でしょ。聖女さんを救うなら、人手が要る」
「そういうことだ。貴様、携帯式のシャベルを持っていただろう」
「僕としては先に兄さんを発掘したいなぁ」
 率直にそう返したら、女は手を止めた。

「呼び方で疑問に思っていたが、貴様は奴と義理か縁があるのか」
「母親違いの実弟だよ。色合いが違うからすぐには気付かないだろうけど、目元とか輪郭とか、よく見れば似てるでしょ」
「罪人の顔を注視しても気分が悪いが……よもや、大罪人の弟ということは貴様も罪を……いや、その話は今は余計だな」

「余計だね」
 女はくるりと前後反転した。
「いいから手伝え。この場合、ひとりずつ掘り起こす方が効率が良い。作業を交互にやれば体力消耗を抑えられる」
「了解。自分が経験の無いことで、とやかく言いすぎてゴメン。指示に従うよ」
 早速女の位置まで丘を上り、隣に並んだ。携帯式のシャベルをコートの内ポケットから取り出し、開く。

「……素直だな」
「合理的と言ってー」
 無駄話はそれきりとなった。最低限の意思疎通に留めて、作業に専念する。
 フォルトへが腰に結んでいたあの異様に長い縄が雪の上でうねり、存在を主張している。縄を辿れるだけ辿って、そこを中心に掘るのである。ユシュハは既に大量の雪をどかしていた。
 そんな彼女を休ませる為に、交替する。ざく、とシャベルの先で雪に切り込んだ。

(これはひどい)
 すぐに腰やら肩やらが軋み出した。
 リーデンは自身は腕力も体力もある方だと自負していたが、先ほど生き埋め状態から這い上がったばかりで、慣れない作業を延々と繰り返していては、きつい。夜風の冷たさが鼻先に染みる。

(団体行動って大変だな。自分が助かっても、全員の無事が確定するまでは気が休まらない)
 腕が上がらなくなるまでやって、また交替。あっという間に二度目の自分の番が回ってきて、またもやザクザクと雪を掘り上げてはどける。
 ぐ、と雪を掘り起こそうとして何かに当たったのはそれから数分後。

 すぐさま横からシャベルを奪われた。必死さの滲み出る勢いで、女は忽ち部下を掘り起こしてみせた。
 リーデンもしゃがみ込み、引っ張り出すのを手伝う。

「せん、ぱい。来てくれたん、ですね~」
 苦しげな息と弱々しい声。それでも意識ははっきりとしているようだった。上司の腕にもたれかかるようにして、男はふらふらと立ち上がる。
「お前は自力で脱出できないからな」
 ぶっきらぼうな言葉遣いは相変わらずだが、女の表情は、安堵のためか少し和らいでいた。まるで母親が子供にするような手付きで外傷の有無を確かめ、問題ないと判断すると、女は無表情に戻ってシャベルを回収する。

「先輩の居た辺り、だいじょうぶ、でしたか」
「私は胸騒ぎがして――お前たちを追い始めて、ソリから少し離れていた。雪崩が始まって間もなく近くの樹に引っ付いた。運が良かった。縄を目印にして、お前が流れる場所をしっかり見ていた」
 わ~い、となんとも気の抜けた返事があった。
 女はリーデンの方を向き直る。

「次に行くぞ。だが目処はどうやって付ければ……」
 固有名称が出ずとも、誰の話かは伝わった。
「任せて。何でかは言えないけど、兄さんの居場所ならわかるよ」
 長い縄を付けていなくても、所有物が雪の中に見当たらなくとも、リーデンにはもっと確実な方法がある。

「どういう奇術だ」
 女は訝しげに眉根を寄せた。
「うんだから、教えないー」
「……まあいい、位置を指定してくれ。プローブを使う」女は腰に提げていた折り畳める棒を取り出す。「フォルトへ、お前はソリに戻って休んでいろ……と言いたいが、一人では戻れないだろうな」
「すみません~」

「謝るな。力が回復してきたら掘るのを手伝えばいい」
 女は部下の手を引っ掴んで歩き出した。いい年した男女が手を取り合って雪の中をちょこちょこと慎重に歩くさまを眺めるのは、こんな状況で無ければ面白い――ではなく、微笑ましいが。
 ついてきて、と言ってリーデンは歩き出す。フォルトへが埋もれていた位置より丘を下り、更に自分が埋もれていた位置から左斜めに下りる。

「この辺」
 と、人差し指で示した。
「わかった。当たるまで刺すぞ。そっちは、もし道具があるなら灯りを頼む」
 宣言した直後にはもうユシュハは手を動かしていた。プローブを組み立てて、早速雪の中に刺している。長い棒が雪に飲み込まれ、真下に何も無いとわかると、次の場所に刺す。
 スタート地点から外へ向けて、渦巻き模様を作って進行している。こうすれば、一度確かめた箇所を二度確かめずに済む。流石は然るべき訓練を受けた者、やることに躊躇も無駄も無い。
 その間リーデンは手頃な枝を見つけて火を点けていた。

 ――前触れもなく、背筋がぞわりとした。つられて両手が震え、 危うく松明を取り落としそうになる。
 ムカデが背中を這っているような具合だ。次いで、架空のムカデが通った箇所だけが焼けたように熱い。その感覚は一瞬で肌から消え去ったが、代わりに胸焼けみたいな後味が心臓に取り付いた。

「……お姉さん。気を付けてね」
 作業を見守りながら、リーデンは短い警告を発する。
「なんだ。魔物か、猛獣か」
「えっとねー、さっきまで気を失ってたんだけど、たった今起きたみたい。そんで、この山ごと融かせそうな勢いでブチ切れてる。出会って十数年、こんなに怒ってる兄さんは初めてだ」

「…………」
 女は腰を折り曲げたままこちらを振り返り、妙な顔をした後、結局何も言わず作業に戻った。
「ちょっと怖いんで、急ごうね」


筆が進む進むw リーデンの生き埋め描写はもっとガッツリやりたかったけど、長引かせても読者は辛い(?)でしょうし、さくさく助け出します。

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