61.f.
2016 / 09 / 03 ( Sat )
「貴様らにそこまで話す義理など――」
「どうするかは現場の状況次第で判断しろって言われてます~」
 拒絶で応えようとしたユシュハを押しのけて、フォルトへがあっさりと明かした。

「つまり、二人でどうにかなりそうならどうにかして、どうにもならなそうなら援軍要請を出しますねぇ」
「応援要請なんてどうやって届けるの」
 リーデンは周りの景色に目配せした。確かに人里離れているこの地では、連絡手段があまりに限られている。
「実は頂点(ケデク)さまの使いの大烏をお借りしてるんです。つかず離れず我々について来ているはずなんで、専用の笛を吹けば近付いてきます~」

「へえ、お利口なカラスさんなんだね」
「すごいでしょう! 頂点さま方はみんな飼ってま――あだっ!?」
 フォルトへのへらへらとした笑顔が痛みに歪んだ。ユシュハの肘鉄を背中に喰らったらしい。

「いい加減にお前は社外秘という言葉を理解しろ、阿呆が」
「すみませんんん……でも下手に隠して聖女さま方にいざという時に信用してもらえなかったら、生存確率が下がりそうじゃないですか~」
「ここぞとばかりに正論を出すな! 口の軽さを叱るべきか、思慮深さを褒めるべきかわからん!」

 じゃあ褒めて下さいよぉ、と何故か両手を差し出す部下の頭を、上司が思いっきりはたいた。
 この女性の第一印象を思い返し、ミスリアは苦笑する。傍若無人で威圧的な人だと思っていたのに、最近ではそれほどでもない。
(相変わらずゲズゥを見る目には殺意と憎悪ばかり篭ってるけど……)
 少なくとも、仕事に私情を挟まないとの一線を、守り抜くつもりであるのはなんとなくわかる。

「組織の大事な秘密だと言うのに話して下さってありがとうございます」
 礼を伝えてみると、ユシュハは一度こちらを睨み付けてから「ふん」と顔を背けた。
 リーデンが小さく咳払いをする。
「で、話を戻すよ。大人数を送り込まなかったのってやっぱ、敵の存在の有無と所在地が不確定だからなのかな」

「そうだ。大人数の行進ではより時間がかかる上、敵にも警戒されてしまうからな。その点、聖女の巡礼の形に便乗すれば、怪しまれるどころかむしろ標的にされやすくなる。そうだろう?」
 ユシュハがこちらを一瞥した。ミスリアは迷わず頷きを返す。

「はい。教団から魔物信仰集団に関する警告を受け、その上で敢えて踏み込めとの指示でした」
「餌をチラつかせて、連中を穴倉からおびき出すってとこね。おびき出せた後の作戦の詰めが甘い気がするけど」
「何も難しく考えることは無い。聖女を守り抜き、ついでに、魔物を崇める集団に付いてできるだけ情報収集をする」
 ――それだけだ。

 腰に手を当てて断言する女性はミスリアには大変頼もしく見えたけれども。
 魔物信仰。
 こうして改めてその呼び名を口にすると、心の内に冷たい物が落ちていくようだった。
 伝聞により認識するのとは果てしなく違うのだ。

 姉カタリアとエザレイ・ロゥンが関わったサエドラの町。その奥の森には魔物を造り出し、使役する人々が暮らしていた。それは独特の信仰心の表れだったのだろうか。彼らの所業を思うと、行為の根本にある思想や信仰を解明せずとも、絶対にわかり合うことは不可能だったと確信を持てる。

 では、これから衝突するやもしれない、魔物を崇める集団はどうか。
 言葉と交流を重ねてどうにか目線を合わせられるような人々であるだろうか。
 答えは十中八九、「否」だ。今からでも予想が付く。

 では、会話でわかり合えない相手をどう扱えばいい? この旅を始めてから、何度も似たような壁にぶつかっている。
 それなのに永久に解答に辿り着ける気がしなくて、ミスリアは目頭が熱を帯びるのを感じた。

_______

 次に人の痕跡を見つけられたのは、五日後のことだった。今度の野営地も無人である。
 申し訳程度の食糧を見つけ出し、そしてユシュハが両腕一杯の荷物をかき集めてきた。
 地面に投げ出されたのは、どれもミスリアにとっては見慣れない道具である。それらを囲って立つ面子の中ではフォルトへだけが使い道に即座に思い当ったらしく、スッと屈んで、一本の長い縄を手に取った。

「先輩~、これってアレですよね」
「ああ。景色の凹凸と積雪が増えて来たからもしやとは思ったが、雪崩の可能性が高い地域に入ったようだな」
「この野営した跡地が遊牧民のものだったなら、そう考えて間違いないんでしょうねぇ」
 極北についてそれなりの知識を叩き込まれてきたという二人のやり取りを、残る四人で黙って見守っていた。ほどなくして、組織ジュリノイの成員二人は意外そうな視線を向けて来た。

「なんだ。貴様らこういうのを見るのは初めてか」
「んー、流石に雪かき用シャベルは見たことあるよ、っていうかソリに積んであるんだし。そっちの棒は何? 三節棍って武器をどことなく連想させる……けど、棍棒にしては細すぎる」


更新遅れた申し訳なさで今回長めになりましたw

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