61.g.
2016 / 09 / 04 ( Sun )
「これか」
 リーデンが指差す物を拾い上げるユシュハ。六本の棒切れは紐によって連なっており、両端の二本は先端が円錐状に尖っている。
「プローブだな。暴力目的の代物ではない」
 使い方を見せようとしたのか棒を広げかけて、しかし彼女は考え直し、折り畳まれたままで腰のベルトに挟んだ。次いでシャベルを拾う。同じく折り畳み式らしく、全長四フィート以上が携帯できそうな大きさになる。

「とりあえずこれは貴様が持っていろ」
 ぽいっとシャベルをリーデンの投げ渡した。
「雪崩対策に関しては、フォルトへ」
「はい~。まず、雪が流れてくる方向が確認できた場合は流れの外まで逃げることです。そんな猶予が無いのがほとんどですね。埋もれることを前提とすると、救援者が少しでも見つけやすいようにすることです」

 雪崩に対する心構えなどを、彼らはそうやって説明していった。ミスリアたちは素直に静聴する。
 いざ埋もれた後にどうするかまでに至ったところで、説明会は中断された。遠くから人の呼び声がしたからだ。
 皆一同に声の源を探し、難航する。ここはもはや雪原。毛布のように大地を覆う雪が音の勢いを吸い取るため、人間の聴覚では頼りない。

 やがて宵闇の果てに影が現れた。
 野営地から見て北東の丘から、痩せ細った人影が覚束ない足取りで向かってくる。狂ったように泣き叫び手を振り回してるさまに、呆気に取られる。その人は丘を下り初めて転び、そのまま斜面を転がり落ちてきた。
 遅れて我に返り、ミスリアは走り出した。

「大丈夫ですか!?」
 慣れないスノーシューズを履いているせいかうまく進めない。転がり落ちてきた人物までの距離があと十歩というところで、黒いものに遮られた。持ち前の運動センスの違いか――既にスノーシューズでの走り方を会得したらしいゲズゥが、間に入ったのである。

「迂闊に近付くな」
 振り返る黒い瞳がじっと見下ろしてくる。何を責められているのか思い当って、すみませんと返すしかなかった。焦っていた自分を一旦落ち着かせた。そしてゲズゥの肘から回って顔を出し、下りてきた人物をゆっくり観察する。
 華奢そうだと思っていたら、若い女性だった。

「ひ、人! よかった――たすけッ、お願いです! 助けてください……!」
 女性は長い巻き髪を乱したまま、四つん這いで近付いて来る。濡れそぼった髪はつむじの赤黒い色に始まって、毛先は薄茶色だ。翡翠色の双眸や彫刻並みに整った輪郭と相まって、吸い込まれるような美しさを持った女性だった。

 それだけに、衣服が所々に破れ傷んでいるのが目に付く。露わになっている白い腕から、鮮血が滴るのも。
 加えて、疎らに付いた紫黒色の泥から漂う腐臭。
 ミスリアは全身が硬直するのを感じた。

「魔物に襲われたんですね」
「はい……はい……。わたし自身、放牧していたエルクの世話をしていまして、その隙に…………! 戻ったら野営地、が!」
 恐怖に激しく震える女性の様子に、心が痛んだ。
 なんとかしてやりたい。なのに傍に行こうとすると、旅の連れである者たちが何故か行かせてくれない。

「危険な方へ自ら進む気か」
 と、ユシュハが無機質に問う。
「見過ごせるような話ではありません」
「貴様にとってはそうでも、我々は同意しかねるが」

「ではせめて私を止めないでください」
「貴様の命を護るのが我々の任務ゆえ、どうしても行くと言うのなら縛ってでも引き留めたいところだが……そうなると、忠実な護衛どもに噛み付かれそうだな」
「そうなるねー」
 答えたのはリーデンだった。

「わからんな。貴様らとて、護衛対象が自ら怪しい方へ行くのを止めたいだろう」
「勿論そうだよ。ついでに僕は、助けを求めてるっていうこの女の何もかもが演技だと思ってる。でも証拠が無い以上はねー……兄さん?」
「……要所で信条を曲げた事実が、今後の自分に影を落とす。罠だろうと危険を冒すことになろうとも、妥協できない局面がある、と」
 話を振られたゲズゥが、その低い声で一言ずつをハッキリと紡いだ。

「そういうことだから。マリちゃんは馬と残ってもらうけど、君たちは一緒に来るかどうか、自分で決めてね」
 細かく語らなくても心中を汲んでくれた二人に、ミスリアは小さく感謝の言葉を告げる――。

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