47.i.
2015 / 08 / 29 ( Sat ) 突然、石が空を過ぎった。それが変身中のジェルーゾに当たって、集中力を途切れさせている。振り返ると、ゲズゥが大きめの石を拾って投げていた。流石に生身でアレを攻撃をするのは危険と判断したのだろう。 そこでジェルーチが横合いから身を乗り出して、石を一つ受け止めた。「おーっと、ダメだぜ、デカブツ! 邪魔すんなし!」 受け止めた石をそのまま投げ返す。ゲズゥは無表情に避けた。 そんな二人の応酬の向こうでは、ジェルーゾの変化が進行し続けていた。やがてその不安定な形が固定する。 ――翼を持ったナニカに。 戦慄した。 竜という空想上の生き物がこの世に存在するなら、きっとこんな姿だろう――。 仁王立ちになって翼を広げた姿、全長五ヤード(約4.6メートル)。翼幅はその倍以上あり、すらりと伸びた長い首と尾は角のような隆起が数多く生えている。滑らかに光沢を放つ寒色の皮膚が、美しい。 見惚れている場合では決してないのに、ミスリアはその場から動けなかった。あんな華奢な少年がものの数分でこれほどの変身を遂げるなんて、俄かには信じられない。 竜はその顎(あぎと)を開いた。 直後、耐え難い耳鳴りに襲われた。人間にとっての不快な音域を選んで、大音量で響かせている。ミスリアは耳を押さえて膝をついた。並よりも耳が良いゲズゥも、同じように耳を覆って表情を歪ませていた。 頭が痛い。一体いつまで続くのか。唯一ラッキーなのは、魔物の多くもこの振動を受けて不快そうに遠ざかっている点だった。 「ふはははは! 苦しめ苦しめぇ!」 すぐ隣にいる相方の方は全く影響を受けていない。 <ジェルーチ……わらって、ないで。おんな……ちゃんと、つかまえて……> 不快音を出すのを止めて、竜は喉の奥から人語を発した。そのことに、ミスリアは唖然となった。 (あの形態でも喋れるの!?) 異形の姿でも思考を保って言語を繰ることができる――それだけで、通常の魔物とは明らかに相違している。 音が止んでも、余韻が頭蓋骨の中でわんわんと跳ね回っている。まだ、動くことはできない。 「はいよ! しつれいー!」 ジェルーチが数回跳んでミスリアとの距離を一気に縮める。恐怖に固まっている内に、サッと間にゲズゥが入って迎え撃った。今度はジェルーチもあっさり蹴られず、ゲズゥからの初手をかわして殴りかかった。 それを左手の甲で弾き、ゲズゥは難なくカウンターを入れた。 一分ほどそんなやり取りが続いた。少年の一撃一撃がとても重そうに見える。なのに残らずに捌ける辺りは、ゲズゥの地力と経験の差だろう。受け止められないほどに威力の大きい攻撃は、受け流したり避けたりしている。その都度、勢い余ったジェルーチがミスリアの居る方に飛ばないようにも配慮しているらしい。 いくら防御が完璧であっても、攻撃の方は効いていない。長引けば疲れが蓄積されるのはゲズゥの方だし、ジェルーゾもまた高音攻撃を出すかもしれない。 「なめんなよ……こうなったらオイラだって!」 そこは運が良かった。気が短いのか、殴ろうとしてもなかなかうまく行かないことにしびれを切らしたジェルーチが、数歩下がって身構えた。瘴気が濃くなるのを感じて、彼も変身をしようとしているのだとわかった。 (ダメ――――!) 心の叫びが届いたのか否か、ジェルーチの足元に矢が刺さった。少年の注意が矢の飛んできた方向へ逸れる。そう、ちょうどミスリアたちの背後からする土砂崩れのような音へ。 誰かが滑り落ちてきている。 「遅い」 間もなく飛び降りてきた人影に向かって、ゲズゥが話しかけた。 人影は様々な形の荷物を背負っている。膝に手を付いて着地し、ゆっくりと立ち上がった。 「くくっ、待たせたと言うなら、悪いことをしたな。主に、お前のコレの所為で足が遅くなった」――王子は重そうに何か長い物をゲズゥに渡した――「全く、よくこんな物が振り回せるな。私には到底無理だ」 「鍛錬が足りないんだろう」 ゲズゥの返事に、王子は大笑いした。 |
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