47.c.
2015 / 08 / 19 ( Wed )
 幸いそれらしい候補を見つけるのに大した時間を要さなかった。その頃には雨の勢いもいくらか引き、視界も改善されていた。
 火打ち石を使用するに必要なもう一つの道具も見つかると、ゲズゥは急ぎ足で洞窟に戻った。
 入り口を通る際、壁に肘が当たった――のと同時に、カッと眩い光が辺りを照らす。続いて轟音。

「きゃっ」
 瞬きの間に、少女の白い肌がまなうらに焼き付いた。すかさず目を閉じる。視覚がまた闇に慣れるのを待つ間、感慨もなくゲズゥは残像を眺めた。
「おかえりなさい」
 やがてまた目を開くと、ミスリアがおずおずとこちらを見上げていた。脱ぎ捨てた自らの服は既に水を絞って膝の上で広げている。
 ただでさえ狭い洞窟の中で蹲っていたのは、体温を保つ上では正解だ。

「ああ。そういえば、ケダモノの鳴き声が遠い。外に行っても姿が無かった」
 ゲズゥがそう肩から振り返りつつ応じると、ミスリアも洞窟の外、遠くを見やった。遠ざかったケダモノが何処へ向かったのか想像しているに違いない。
「王子は無事でしょうか」
「あの男に限って、簡単に死にはしない」
 淀みなく答えた。

 少なくとも谷を落ちなかったとすれば、どうとでもなるだろう。元よりオルトは常軌を逸したしぶとさを有していた。案じるだけ時間の無駄に思える。
 そんなことよりもゲズゥは持ち帰った物を地面に下ろした。石の欠片を幾つか、それと、風化したナイフを一本。カチャカチャと小さく音を立てて鋭利な欠片を選び取った。

 欠片を左手に持ち、右手にはナイフを握る。そこから枝と草の山の上でそれらを何度も擦り合わせる地道な作業が始まった。使用材料がどれも湿っているのが難点だ。最終的には切り開いたキノコ類を火口(ほくち)とし、樹皮以下を薪として、なんとか火が点いた。
 途中、何故かうなじの後ろがかゆくなって、引っ掻く為に三度ほど作業を中断することになったが。

「その刃物はどうしたんですか?」
 背後に気配が近付くのを感じる。
「落ちてた。この錆びれ具合、オルトの持ち物とは思えない……となると、この谷底に来た別の誰かのものだ」
 ミスリアがごくりと唾を飲み込むのが聴こえた。

「別の誰か、って、今どうしてらっしゃるのでしょう」
 不安の滲み出る声に、ゲズゥは「さあ」とだけ答えた。推測を並べたところで要らぬ不安を煽ぐことになりそうである。
 以降は沈黙を維持した。火の傍でミスリアと同じように衣類をかき集めて水を絞り、膝の上に広げる。

 しばらくして、とん、と背中に微弱な衝撃があった。あくまで身を隠そうとしている少女が、背中合わせに座ったのだろう。これもまた現状で体温を保つ上では正解と言える。
 触れ合った肌から伝わる温もりを、ゲズゥは無言で受け入れた。

 弱まる雨の音と火花の弾ける音以外には静かだった。
 一度は冷えきった身体が徐々に温まるにつれ、ふわりと眠気が意識を包む――が。
 度々耳朶に響く「かりかりかり」との引っ掻き音が、気が付けば大きく脳内に響くまでに育っていた。利き手を見下ろすと、爪の下に垢が溜まっているほどだ。

 ――虫刺されか、この痒さは一体――

 ふいに、ミスリアの背中が離れる感覚があった。突然の寒さに驚き、思わず振り向いた。
 ギョッと限界まで見開かれた茶色の両目と視線が合った。

「そ、れは――どうされたんですか!?」
 言っている意味がわからず、ゲズゥは眉を寄せて見つめ返すしかできない。

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