43.d.
2015 / 05 / 20 ( Wed )
 信じなければならなかった。助けを信じ続ける心の強さを持たなければ、自分は一年近くの間何も進歩していないことになる。
(きっと来てくれる。きっと)
 暗示のように何度も心の中で繰り返した。陰の中から伸びてくる無骨な手を見つめながらも、絶えず繰り返した。

「ちょっと、白昼堂々と何してんのよ。ホンット男ってクズばっかり!」
 救いの光は背後から射した。
 若い女性の声が響いたと同時に、旋風が巻き起こる。ミスリアを羽交い絞めにしていた腕からは力が抜け、傍まで迫っていた他の二人も突き飛ばされた。おかげで体勢を崩し、地に尻餅ついた。

「ふう。怪我は無い?」
 聞き覚えのある優しい声。バッと顔を上げて相手の顔を確かめた途端に、全身に安堵の波が広がった。
「ティナさん! ありがとうございます。本当に、何とお礼を言えばいいか」
「礼には及ばないわ。ゲスい声が聴こえたから寄ってみただけ」
 清々しい笑みを浮かべ、彼女は手を差し伸べてきた。有り難く手を取って立ち上がる。

「でもティナさんが来て下さらなかったらどうなっていたことか……」
 もう一度想像しそうになって、ミスリアは己を抱き締めた。
「別に大丈夫だったんじゃないかしら」
 緊張感の無い様子でティナが首を傾げる。その拍子で、いつの間にか肩まで伸びていたふわふわの金髪が揺れた。

 どうしてそんなことが言えるの――疑問に思ったのも束の間、一度は蹴り倒された人攫いらしき男性たちが起き上がる姿が目の端に入った。

「テ、メェ。よくも」 
 真っ先に起き上がった一人の男が懐からナイフを取り出して、ティナの背中めがけて振り上げている。
「危ない!」
 ミスリアの警告の声に彼女は動じない。せいぜい煩そうに振り返る程度だ。

 ナイフが空気以外の何かを切ることは無かった。
 大きな黒い塊が空から降ってきたからだ。ミスリアの視界の中でそれが人間、更に青年の姿として認識された時点で、既に彼は攻勢に出ていた。曲者の方は何が起きたのかわからずに踏みとどまる。そうしてできた隙に――

 ゴゾッ、となんとも言えない音を立てて、青年は曲者の顔面を掴んで近くの壁にめり込ませた。元々緩くなっていたのか、衝撃を受けた箇所を中心に、レンガがポロポロと崩れ落ちる。

「ほらね。大丈夫だったでしょう?」
 得意げに話している間にも、ティナは別の者に跳び蹴りを食らわせていた。
「は、はい」
 ミスリアは呆然と見守るしかできない。気が付けば役人を呼んで一件落着し、路地裏から普通の街道に戻っていた。

「ありがとうございます」
 落ち着けたところで、ゲズゥに軽く頭を下げてお礼を言った。信じていた通りに助けに来てくれた護衛に。
「あつい」
 彼は一言だけ答えて上着を脱いだ。

(ゲズゥにとっては全然大したことしたをつもりは無いんだろうけど……私は、また助けられた)
 複雑な想いが絡まる中、ミスリアは苦笑した。

「よくここがわかりましたね」
「……向かい側の建物の屋上から人混みを探っていた。お前が立ち止まったのが見えて、追った」
「そうだったんですね……やはり上に居ましたか」
 不思議な気分である。上に居るかなと思って立ち止まったために攫われそうになり、なのにそのおかげで助かったわけでもある。と言っても、助けに来てくれたのは彼だけではなかった。

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