43.c.
2015 / 05 / 14 ( Thu )
(女でなければなんだと思ってたんだろう)
 いくら捻っても頭の中から答えが出てくることは無い。諦めてゲズゥの後ろについて行った。
 建物の間からかかる日差しが心地良い。それどころか少し暑いくらいだった。毛糸のショールを脱いで左腕にかけたら、ちょうど横の露天商から声がかかってきた。

「お嬢さん、ショールならこっちの春仕様はいらないかね」
 振り返ると、商人の中年女性がにこにこと自身の売り物が広げられたテーブルや洋服掛けのラックを指した。ラックに掛かるスカーフやショールはミスリアが冬の間にずっと愛用していた物よりも薄い生地を使っていて、模様や色使いが華やかである。

「綺麗ですね」
 つい手を伸ばしてじっくり見つめてしまう。柔らかくて薄くて、かぎ針編みによる縁取りが実に丁寧だ。一体何の毛糸で編んでいるのだろうか。少なくとも羊毛ではないのはわかった。さすがは大帝国の首都、目新しい品物がそこら中に溢れている。

「まだ春にはちょいとばかし早いけど、今なら安くするよ~」
「春着に替えるにはまだ早いですね」
「この薄紅と紅色の花模様なんてどうだい。お嬢さんに合うと思うね」
 女性はラックから一枚のショールを取ってミスリアの肩にかけた。そして近くの姿見を指差した。「ほら、言った通りさ。よく似合ってる」

「本当ですか?」
 清潔で身だしなみがちゃんとしていれば十分。と、服装にあまり固執しないミスリアも段々と口車に乗せられて来たのか、鏡に映る自分にいつもと違う高揚を覚えた。栗色の髪と溶け合うように交わる薄紅。瞬く度に、己の茶色の瞳が花模様の紅色と呼び合っているように感じるのは何故だろう。

「うんうん。少女が女性に花開く年頃には、ちょうどいいじゃないか」
「え、そんな、花開くだなんて……」
 頭に血が昇るのを感じた。きっと先程ゲズゥがよくわからないことを言ったから――

(そういえば)
 急に彼の存在を意識し出して、ミスリアは周囲を見回した。しかしそれらしい人影は何処にも無い。
「ん? 誰かさがしてるのかい」
「はい、一緒に歩いてた人を」

「おや。お嬢さん連れが居たのかい? あたしが声かけた時は一人しか見なかったよ」
「……――すみません! ありがとうございました!」
 後一歩で買いそうになっていた品物を手早く脱いで商人に返し、ミスリアはその場から離れた。背後から呼び止める声がするも、構わずに走る。

(嘘、何処ではぐれたの)
 木陰のベンチから移動した時はまだ一緒だったのに。よりによって何故いつも人の多い場所でこうなるのか。
(ううん、人の多い場所だからこそ見失う可能性も上がる訳だけれど)
 ミスリアは立ち止まった。闇雲に捜しても仕方がない気がしてきたからだ。

 なんとなく道なりに進んだは良いが、来た道を戻ったかもしれないし、よく考えたら「上」を捜した方が早いと思った。思い立ったからには首を仰がせた。街道に並ぶ店の屋根上、ベランダ、近くの木の枝などに視線を走らせる。
 その間、イマリナ=タユスでの一件を思い出していた。あの時ゲズゥは自分を捜しに来るであろう少年にわざと見つかる為に、高い水道橋を登ったのだった。

「んっ」
 突如、後ろから口周りを布か何かで押さえられた。物凄い力で後ろへ引っ張られ、日の当たらない路地裏へと引きずられる。
 何が起きているのか頭では薄ぼんやりと理解していたが、実感は遅れてついて来た。人攫い? だとするなら、その目的は?

「ずいぶんと無防備じゃねぇか。なあ」
 欲望に満ちた、ぞっとする声音だ。しかも頭にかかる息はやたら熱くて湿っていた。
「ほんとだぜ。都でぼけっとしてたら喰われっぞ? なまじ人が多いから、毎日一人二人消えてもだーれも気付いちゃくれねえ」
 陰の中からも二人、汚れ切った風貌の男性が現れた。

「なあ、どうすんだよ」
 彼らが北の共通語で何かを熱く論じ出したのが聴こえた。
 また前の女みたいに何処かに閉じ込めて長く飼おう。いや、少し可愛がってから高く買ってくれそうな店に売ろう。いっそ、帝都は規則が多過ぎるから他国に奴隷として流そう。

 全てのやり取りをまるで遠い世界の出来事のようにミスリアには感じられた。耳の奥で大波が流れるみたいな音がして話し声がうまく聴き取れない。
(ああ、そうか。この音は加速した心拍を反映してるんだ。頭の中を流れる血の音かな)

 自分をどうするかの会話を耳に入れながらも、これからどうなるのかを懸命に想像してみた。
 今以上に恐ろしい局面に追いやられたことは過去に何度もあった。それでも、この瞬間にも溢れる涙を止められない――。




 教訓:歩く時は前を見ましょう。

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