4.取り戻す男、ゲズゥ - b
2020 / 09 / 26 ( Sat ) さてどうやって奪い返すか、脳内で様々なパターンを思い描く。 その一方で、地上ではふたつの人影が言い争っているようだった。ゲズゥは神経を耳に集中させた。話し声の抑揚に耳が慣れた頃には、よりはっきりと盗み聞きできるようになっていた。争うよりも、どちらかが一方的に相手をなじっているらしい。「――い、お前――……に大丈夫、だろうな! 何でふたりも女をさらってきたんだ、どっちかは偽物の、関係ない娘なんだろ! 面倒を増やしやがって」 体格が一回り小さいほうが苦情を喚き散らしている。いずれも男のようだった。 「どっちかが本物であれば、町長には通じる。ハズレだった方は口封じに始末すれば問題ない」 瞬間、全身が総毛立った。 させない。始末されてたまるものか。喉の奥から目の裏まで、火がついたように熱くなる。 今すぐに飛び出したい衝動を、ゲズゥは拳を握って堪えた。冷静さを手放したら一貫の終わりだ。怒りが収まるまで、浅くなっていた呼吸を意識的に引き延ばした。 「そういう話をしてるんじゃない! どこの誰とも知れない女だ、そいつの縁(ゆかり)に厄介な人間がいたらどうするんだ」 「どうもしない。関係ないならそれだけに、こんな人気のない森奥まで嗅ぎつけて来ない。足が付かないように消せば済む」 「ちゃんとやれよ? 何のために高い金を払ってまであんたらを雇ったんだか」 「心配しなくとも報酬分の働きは」 する、とおそらく続くはずだった言葉を切って、男が鋭く首を巡らせた。 双眸の煌きが、こちらを探るように動いた気がした。実際は遠くて、よく見えない。 「なんだ突然」 状況を読まずになおも喚く雇い主を、男が「シッ」と黙らせた。 ゲズゥは息を静めて動かなかった。その間の会話は息を潜められて行われたものだったが、聴覚の優れているゲズゥには、かろうじて聴き取れる音量だった。 「視線を感じた」 「どこから」 「それがわかれば苦労しない」 「みつけられないってことは野生の動物じゃないのか。この家の周りは明るくしてるから、ひとが隠れる場所なんてほとんどないぞ」 「ほとんどないだけで、まったくないとも言えない」 「そうかよ。警備も侵入者対応もお前らの仕事だからな、隙があるならどうにかしろ。おれは中に戻る。寒い」 雇った男の意見をいかにも軽視している様子で、小柄の方の男がその場をあとにした。身にまとった外套をバサバサとうるさく翻しながら歩いているとおり、他人の目など意に介してもいないようだった。 残った方の男は他の警備の者――部下か仲間だろうか――を数人呼び寄せて何かの指示を出した。それを受けた連中は散開し、明らかに周囲を警戒した。指示を出した男も数分はその場に残っていたが、やがて手元の灯りを消し、影の中へと消えていった。 ざあっと、冷たい風が吹き抜ける。 ようやくそこで、ゲズゥは斜め後ろの樹の幹に背を預けていたロドワンを振り返った。地上の人影に悟られないように細心の注意を払って動いていたのが、今になってようやく追いついたようだった。 「あれは、まさか」知っている人間でも見つけたのか、ロドワンは口元に拳を当てて考え込んでいる。ゲズゥは無言で続きを待った。「顔が見えなかったから確信が持てないが、声が似ていた……ああいう風に怒鳴り散らすのは初めて聞いたが」 「つまりお前には誘拐の動機の見当がつくんだな」 「大体は予想できる。しかし彼らはなんて言ってもめていたんだ? 私には内容までは聞こえなかった」 「気にするな。俺にも聞こえなかった」 「そうか……ではこれからどうする?」 問いかけに対してゲズゥは、待つ、と答えた。 |
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