4.取り戻す男、ゲズゥ - a
2020 / 09 / 19 ( Sat ) 星明りの下に、まだ新しそうな轍をみつけた。 ゲズゥ・スディルはその場に片膝をつき、窪んだ土の感触を指先で検める。深さからしてそれなりに大きな馬車が残したものと思われた。その旨を背後の者に伝えると、ロドワンという男は少なからず声を弾ませた。「では馬車が行き着いた先にお嬢様たちがいるかもしれないと」 馬車の通った痕跡を見つけ出すまでに要した時間は、そう多くなかった。この森の中は木々もまばらで人が好きに動き回れそうだったが、馬や馬車が通れるほどの幅となると、選べる道筋は限られていた。逆に言えば、馬車を通すために人為的に道が開けられているとも考えられる。 だが森の奥に潜む相手もそのことを理解しているはずだった。行き先までほとんど一本道ともなれば罠が待ち構えている可能性は高いと、ゲズゥは指摘した。 「我々が罠にかけられるというなら、旦那様だって危ないのではないか。目的によってはそうとも限らない、か? ともかく、罠を警戒しつつ人質の居所を探さなければならないということだな」 「……不利な話だ」 ゲズゥは借りた馬の背に再び跨った。ロドワンはまだ何か言いたげだったが、同じように己が連れた馬の鞍上に戻った。 旦那とやら――もとい、町長には何も断らずに先に家を出ている。つまり「交渉」の刻限までに人質を助け出す多少の猶予があるわけだが、囚われている場所の見当がつかない以上、既に滞っている。 いっそのこと。 「火をつけるか」 ゲズゥが何気ない思いつきを口にしたら、ロドワンが驚愕を押し殺したような咳を漏らした。 「焼き討ち!? 探し人が巻き込まれるかも知れないだろう」 「その程度で死ぬようなら、どうせ救えない」 「火事は『その程度』ではないと思うが」 「混乱をつくれば、罠を突破するまでもなく敵をあぶり出せる」 「だとしてもリスクが高すぎるのではないか」 「…………」 会話は途切れ、結局、放火の案は不採用になった。もとよりゲズゥとて本気で検討していたわけではない。 そうして夜が更けた。森の奥深くへ進むうちに、人家のものと思しき煙の匂いが漂ってきた。暖炉か、食事の残り火かもしれない。これ以上騎乗したまま近付いては感付かれるだろうとおそれ、二人は下馬した。 馬を樹に繋ぎとめると、ゲズゥは空を仰いだ。視線をやるのは星の眩い天空ではなく、高くそびえる樹々の方だ。ざっと見て枝と枝が絡み合う輪郭を把握し終えると、登り始めた。 しばらくして、ロドワンが後に続く。口に出さずとも意を察したようで、こちらとしては楽である。 「どうだ、何か見えるか」 そう言って、ゲズゥよりひとつ下の枝に止まった。荒事と縁が無さそうな風貌をしているものの運動能力は十分備わっているらしく、ここまでまったく息を乱さずについて来ている。身のこなしからも俊敏さが感じられる。戦力として当てにできそうで、何よりだった。 問いに対してゲズゥは斜め左の方を指差す。 斜線上のずっと先に建物があった。森小屋と呼ぶには規模が大きく、おそらく誰かの隠れ家とでも言ったところだろう。隣に厩舎があり、屋外に幾人かの人影があった。 ここからだと建物の裏の様子がうかがえない。 「もっと近づく」 言い終わるより早く、ゲズゥは別の枝へと跳び移っていた。 「貴殿はあまり音を立てずに移動できるのだな……私には樹と樹の間を移動するのは難しそうだ」 後ろから感心の声が挙がる。 「遅れて構わない。だが静かに進め」 「わかっている」 数分間たどった後、空中の枝の道が途切れた。幸い、ここからは裏庭がよく見えた。何せちょうど灯りを持った人間が動いたのである。その者が立ち止まった場所のすぐ近くで、地面の扉が開いた。成人男性の体格をした人間が、ゆっくりと地上に上がってくる。 ――地下とはよくよく縁がある。 かつて聖女と大陸を旅した日々を思い返して、ゲズゥは苦笑した。 きっとあの扉の向こうにミスリアが居るはずだという予感に、根拠も理屈も何もなかった。 |
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