3.焦る男、ロドワン - d
2020 / 07 / 20 ( Mon ) 『ほっといて! 保護者面しないでよ、家族でもないくせに!』
再生された瞬間だけ周りの音が遠ざかった気がした。ずっと朝から息苦しい思いをしているが、吐き付けられたこの一言を思い返す時こそが、何より息苦しい。 迷いがそのまま口をついて出ていた。 「助けに行って、いいのだろうか。私はきっと嫌われている。顔も見たくないと思われていたら」 何故お前が来たのかと、帰れとでも言われたら、その後立ち直れる自信がない。何食わぬ顔で屋敷で生活し続けられるほど、ロドワンは器用な方ではなかった。 「どうでもいい」 まったく感情ののらない声で、今日出会ったばかりのゲズゥが一蹴した。彼にしてみればどうでもいい話かもしれないが、もう少し言い方というものがあるのではないか。何か言い返さんと顔を上げると、見返す瞳は、意外に真剣そうだった。 「それは互いが生きていてこその悩みだ。優先順位を間違えるな」 「生きていてこそ……?」 反芻した。最悪の事態を、二度と会えなかった場合を想像する。 今この時も敵の手中に収まっている彼女が、どんな拍子で命を落とすことになるのか。相手の気が変わるなどして、交渉どころではなくなったら。 確かに、お嬢様が息災であること以上に重要な問題はない。嫌われているか好かれているかなんて、実に些事である。ロドワンは己の浅慮を深く恥じ入った。 「旦那様がお嬢様を無事に連れて戻るのをただ待っていても、望む結果になるとは限らないのだな。だから、先に赴くべきと」 ゲズゥは答える代わりに顔を僅かにしかめた。言葉に出していない考えが他にもあるのだとロドワンは察したが、訊かないことにした。 「失礼した。貴殿の言う通りだ。何よりも彼女たちの身の安全が最優先だ、どうして行動せずにいられようか」 身支度をするのでついてくるように伝えると、自室に戻って装備を整えた。その間、ゲズゥは自身が持ってきた大剣の他に、短剣の状態を確かめたり、長靴の紐の締め加減を調整していた。 大剣の表面は光を鈍く反射する程度に磨かれていて、研がれたばかりに見えた。かといって新品ではなく手入れが行き届いているのであろう、柄や刃の染みからは使い込まれている印象を受ける。それを恐ろしいと受け取るべきか頼もしいと受け取るべきか、ロドワンは今更ながらに目の前の男性の素性を思った。先ほど主に職業を問われて彼は「薪売り」と答えていたが、どうも腑に落ちないものがある。 (道中、背後から斬られるなんてことはあるまいな……私には嘘をついているとも思えないが、こんな時お嬢様がいたら……) ――あんたはひとを疑わなすぎよ、何回痛い目みれば気がすむの。 そう言ってあの麗しい顔が呆れに歪んだのがいつのことだったか。つい最近だったようで、懐かしいと感じるほどに昔だったようでもある。 しかし疑えと言われても、どうやればいいのかわからない。ひとまずもっと目を凝らして相手の動向に注意していようと結論した。 ゲズゥは先ほどテーブルから拾い上げたペンダントを、左手首に結び付けていた。 「そんなところにアクセサリをぶら下げては邪魔にならないか」 口に出してしまったと気付いたのは言葉も半ば言い終わっていた時だった。 いかにも面倒そうな顔で、客人が否定した。 「これは道標――いや、道標は魔物の方か」 「魔物がどうやって? 言っている意味がわからない」 「…………」 訊ね返しても返事はなかった。 もしかすると彼は魔物狩り師なのでは、とロドワンはふいに思った。理由はわからないがそう名乗り出るのを憚っているとすれば、辻褄が合う気がする。 「私は夜の森についても魔物についても知識が足りない。不得手なことばかりで、きっと頼り切りになってしまうが、よろしく頼む。我々の共通の目的のために、手を取り合おう」 今度こそ握手を求めて手を差し出す。 ゲズゥがその手を凝視して、握手を返してくれるまでの間に、たっぷりと五秒はあった。 「ああ。少なくとも途中までは、道連れだ」 真意を問い質すのが怖くなるようなことばかり言う――とは口に出さずに、協力感謝する、とロドワンは応じた。 |
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