4.取り戻す男、ゲズゥ - c
2020 / 10 / 03 ( Sat )
「また『待つ』か……。私は貴殿の口車にのせられて、旦那様に無断でこんな――らしくもない真似を……」
 歯切れの悪い呟きの後、どうかしている、とロドワンは疲れたように言った。
「その認識に間違いはない」

「責任転嫁しているように聞こえたなら謝罪する。そうではなくて、私が、常になく動揺しているのだろう」
「……だろうな」
 ゲズゥは短く肯定した。奴にとって、攫われた女がそれだけ気にかかる相手だということは、最初から察していた。だからこそ手をこまねいていないで自らの足で動けと煽ったのだ。

 そこから続く話がなく、しばらく周囲の観察に専念する。
 確かに森の中の家は明るく照らされているが、庭が広く、隅々にまで灯りが行き渡っていない。塀も建てられていない。女たちを助け出してからの退路を確保するに当たって、これらの事実は好都合と言える。或いは、庭に踏み入った途端に灯りが一斉につく罠が仕掛けられているかもしれないが。

 どこからか虫がしきりに鳴いていた。
 見張りの三人を除いて、すっかり人の気配が引いている。
 この場にあるもの、ないもの、そしてあって欲しいものを考えた。虫の鳴き声の合間に聞こえるこれは――流れる水の音か。
 目を凝らしてみると、伸び放題の野草の影に、裏庭を横切る小川を見つけ出せた。音の深みから水量を想像する。

「あれの流れ着く先がわかるか」
「この方角なら、町中を流れる河と合流するはず」
 なぜそんなことを訊くのかと余計な返しはせずに、ロドワンが思案して答える。
「使えそうだな」

 ――来た道を素直に戻れるのは、きっと一組だけだ。
 敷かれた警戒網をかいくぐるだけでも困難なのに、帰りは人数が倍になる。しかも半数は非戦闘員、皆で無事に脱出するには工夫が必要となろう。加えて、来た時に用いた馬は二頭。ふたり乗りでは速度が落ちるため、ひとり乗りを保つのが望ましい。

 臨機応変に当たるしかあるまい。隙を見て二手に分かれるべきだと、端的に説明した。ロドワンは了承の意を示し、隙があっても見極められるだろうか、との不安を口にした。

「無ければつくる。ひとつ目は町長の到着……」
 剣の柄に巻いたペンダントを見やる。
 もうひとつ混乱が欲しいところで、それには魔物を頼るつもりだと続ける。
「魔物を? やはり貴殿は魔物狩り師なのか」
「違う。縁があるだけだ」

 その返答に嘘はなく、ゲズゥは主に日雇いの仕事で生計を立てていた。時々、教団や魔物狩り師連合との伝手から仕事をもらったりもして、その時だけ稼ぎがやや増えたが、無駄なく質素に生活していれば特に困ったりはしなかった。

 この世界で言う魔物とは神出鬼没で不規則、夜間のみ実体を持っていて霊的で不可思議、そして明確に人間を襲う習性がある。一般の認識では超常現象や災厄のように捉えられているが、個体差は大きくとも、その実態がある程度に法則めいていることをゲズゥは知っている。

 先ほど屋敷で話題に上った通り、数年前に聖獣が大陸を浄化してから魔物の残数と発生率も限りなく減っている。
 そんな中でも条件次第で「ここに現れるかも」と予測のつけようはある。たとえば魔物が本能的に近付きたいと願う、聖なるモノ。条件のひとつに当てはまるのが攫われたミスリア・ノイラートの存在だが、彼女だけでは足りえなかった前提条件が、ここにはもうひとつ揃っていそうだった。

 ――他者に、もっと言えば死者に。払拭されていない怨みを、現在進行形で抱かれる対象――
 あの雇われたという荒くれ者どもがいかにも適任だが、とりわけ雇い主と話していた男の空気には、遠くからも片鱗が感じ取れる「何か」があった。

 たとえ聖獣が瘴気を一掃した後の世の中であっても。これだけ一か所にきな臭い連中が集まっていれば、残留思念として浮遊していただけの死者の残滓も魔物という実体を得るかもしれない。そこに全部の期待を向けずとも、意識の先端に置くくらいはいいだろう。
 あと整理すべきは、町長の行動予測か。

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