33.g.
2014 / 06 / 30 ( Mon )
「そんな、ことがあったのですね……」
 呟いた少女の表情は翳っていてよく見えなかった。
「リーデンさんには、ずっと話さなかったのですか」

「ああ。アレは従来の勘の鋭さと情報力で勝手に答えを探り当てた」
 老夫婦の元に置いて行った時、巻き込まずに済むと思って安堵していた、のに。
「きっと同じ場所に立って同じ景色を見て、荷を分かち合いたかったのではないですか。もしくは、先を行く貴方に憧れたのでしょう。私にも覚えがある感情です」

「だとしても」曇天を仰ぎつつ言葉を繋ぐ。「アレは現実主義だ。本当は、わかっているはずだ。俺の背中を追った所で、その果てには破滅しかない。呪われた一族の呪われた因果に関われば、どうせ呪われた未来しか待っていないんだろう。死んだ後でさえ」

「では復讐を中断するっていうのは、ダメですか?」
 それはこれまでの人生で一度も脳裏を過ぎったことのない案だった。ゲズゥは率直に驚いてミスリアを見下ろした。
 大きな茶色の瞳が真剣に見つめ返す。

「人を裁くのは同じ人でも法でもなく、摂理です。そして人の社会に生き、育てられ、守られるのならば法を守るのは民としての義務です。とはいえ、あなたの経緯を考えて、人間社会の法に従う気になれないのは仕方ないと思います」
「…………」
「こんなことを言っても偽善に聴こえますよね。でも」
 少女は照れたように笑い、風に弄ばれる髪の一房を耳にかけ直して続けた。

「私は貴方が人間でいる間に苦しむのも、魔物になって苦しむのも、そのどちらも嫌です。だから罪を浄化して欲しいし、復讐だって諦めて欲しい」
 その発言を聞いて何かが閃いた。
「……まさかお前は『天下の大罪人』の書類を読んで、同情したのか」

「それもありますけど……何度投獄されても人に疎まれても何にも屈しなかったところに惹かれたのだと思います。身体能力とは別に、不屈の精神みたいなものを、私は求めていました」
 ミスリアは一息置いてまた続けた。

「会ってみて確信しました。どれだけの人間を敵に回しても貴方は決して自分を見失いません。そして根幹たる性質の内に理由なき悪意は含まれないのだと」
 買い被りだ、という返事が喉の奥でつっかかった。
 奪うばかりの世界への反撃として何もかもをめちゃくちゃにしたいと思った時だってあった。

 それでも自分を見失わずにいられたのは縋るものがあったからだ。理性で感情を制する必要があった。あくまで従兄との約束の為に、そしてリーデンの身の安全を想って仇の五人を積極的に狩りにかかった。

「あの少年に、仇を徹底的に害しても心は晴れないと語りましたね。それこそが貴方が導き出した結論ではないのですか」
 そう言われたゲズゥはいつまでも返事をすることなく、ただ目を細めた。
 まだそれほど世間を知らないはずの十四歳の少女は随分な観察眼を磨いている、と感想を抱いたのは覚えている。


「ミスリア、お前は自分で、思っているよりも……」
 考え事を声に出したことに気付かずに、ゲズゥは走る。周囲の景色は森に切り替わっていた。
 別れ際に「奇跡を起こす女だ」と言った際のあの驚いた顔を思い返した。

 この頃、ミスリアが魔物討伐の件を引きずって無力さに打ちひしがれていたことは傍(はた)から見てもわかっていた。ゲズゥはそのことを否定する言葉をかけてはいない。それも一つの事実であったからだ。

 だが隣り合わせで別の事実がある。
 自分に自信が無くても、弱さを隠して強がって、人に手を差し伸べるのを止めない。己の心を削って助けるのではなく、或いは彼女にしてみれば、人を助けることで得られる力があるのかもしれない。
 嵐のような世界の中で、少女の周りだけ凪いでいるようだった。

 弟が死ぬ、もうじき真に独りになってしまう、そう察した瞬間、急落したような感覚に陥っていた。
 なのに少女の呼びかけで戻ってこれたのは、呼びかけが響いたからってだけではなく、過去の経験が理由だった。山賊の頭領とやり合った時、死の海の底に沈む自分を掬い上げた光――それに己の願いを託してみようという気にさせられたのだ。

『にいちゃ、だいすき』

 この世界でただ一つ意味のある存在だと、長らく思っていた。
 もう一度会えるなら。温かい手から熱が消えるのを阻止できるなら。
 変わるのも厭わない。

 神でも聖獣でも崇めてやる、心を入れ替えろ生き方を変えろというのなら毎日毎晩でも善行に励んでやる。想いや優しさを表現できる人間になってやる。一族の弔いを途中で投げ出すことでただ一人残る家族を引き留められるなら、潮時だと断じてそれをするのも良いだろう。
 小さな聖女がこの奇跡を起こせるなら、これからは大切に大切に付き添ってやる。

 ――だから。
 ゲズゥは胸元で揺れるペンダントを一瞥した。
 理でも運でも神でも聖女でも誰でも良い、刻一刻と迫る早すぎる決別を退けてくれ――

 視界が開け、すぐ先の丘の上に木立に囲まれた三階建ての屋敷が見えた。
 目的地に着いたとゲズゥはすぐに悟った。
 立ち止まり、息を整える。両目を閉じて意識を集中させた。心の内で「声」をかけても呼応するのは脈動のみである。

 弱々しい。それでも確かに脈打つ生命を感じた。位置はおそらく屋根裏。
 今度は屋敷の中の気配に意識を配り、進むべき道を思い描いて警戒した。持ち合わせている武器は短剣一本と我が身だけ。それでもどんな苦難が待ち受けていても撥ね退けるつもりでいる。
 そして目を開き、再び疾走し出した。



以下ちょっとだけあとがき。
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前後編に分けるかひとつにぐわっとまとめるかで悩み、結局こういうことになりました。

ここで「つづく」ですすいません! だが諸君、絶望するでない!
今も続き書いてますのですぐに34を投稿し始める予定です。

素直なみっすんに比べげっさんの心理描写はいつも苦労してますが今回は仇討ち少年との因縁を語ってた時以上に四苦八苦しました。どう書けば読者様にちゃんと伝わるのか研究は尽きません。投稿した今でもこれでどうなの感が残ります。フィードバックいつでもお待ちしております。

では! 34! にて! また!

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