32.g.
2014 / 05 / 20 ( Tue )
 彼らの言う通りにした方が得策だということはわかるし、言い分を無条件に信じても構わない。けれどそれを受け入れるのは、集団に対する無責任になってしまう、とどうしてもミスリアは考える。
 そう抗議したら、リーデンはフッとため息をついた。彼はエンリオと共に何を発見したのか手短に説明し、最後に問うた。

「もう一つだけ情報確認いい?」
「はい」
「人里の方に降りて来るのではないかと危惧されているけど実際はまだそんなに来ないんでしょ?」
 リーデンにそう質問されて、ミスリアはついエンリオを見やった。自分よりも自信を持って答えてくれそうだと感じたからだ。

「そうですね。此処ではこれだけの大群が出て来るのに、野田近くで目撃されたのはせいぜい二、三体と聞いています」
 エンリオはこちらの意図を汲み取った。
「つまりいくら数が多くても、ほっといたって河から遠くは行かないんだね。理由はもしかして、河から長く離れられないからじゃないの? 水気が無いと消えるとかベタな何か」

「あ、ああー! すごい発想力ですねアナタ!」
 驚嘆にエンリオが震え出した。
「川底とやらは」
 無表情にゲズゥが言うと、リーデンが腕を組んで答えた。

「そうだね。川底と言ってもどこからどこまでが魔物なの? ソレが広がりつつあるから、ヤバイんじゃない。長く離れられないと言っても、本体が大きくなれば、結局は分離した個体が襲える範囲も広がるってこと。それに、限定要素が水辺ってだけなら、分離した個体も普通に泳いで南……遠くまで行けるね」
「そんなの、一体どうすれば……」
 ミスリアは想像してみた――封印する以外で、川底に巣食う巨大な魔物を倒す方法を。

(聖気と結界を組み合わせれば)
 まず聖気を施す人員を結界で守り、本体まで近付かせる。そして魔物全体が浄化されるまで、根気良く聖気を展開し続ける。
 そこまで考えて、二つの制限に行き詰まる。

 ――敵の数が多過ぎて、結界だけでは作戦の要となる人物を護り切れなかったら?
 結界の外から魔物狩り師を待機させればどうにかなるだろうけど、それではどうにもいたずらに犠牲が出そうな作戦になる。

 ――そして、浄化しなければならない魔物が大きすぎたら?
 浄化し切れるまでの時間が長ければ長いほど、こちらに不利な状況になる。

(こうなれば聖女が二人だけでは心もとない)
 準備不足だ。何度考えてもその結論に至る。

「討伐隊を引き上げるように、司教様と話してみましょう」
 意を決して、ミスリアが提案した。
「そうしましょう」
 エンリオも同意し、共に走り出す。背後にはゲズゥたち兄弟がついて来た。

 突然、すぐ隣で走っていたリーデンが、躓いたようだった。いつも軽やかな足取りを繰り出す彼の足がもつれることを意外に思い、ミスリアは振り返った。

「どうしました?」
「ぐっと胃を握り潰された感じがしてね。でも、僕じゃない。兄さんの動揺が伝わったんだよ」
「動揺? ゲズゥの?」
 ますます意外に思って、長身の青年の姿を探した。彼は裾の長いコートをはためかせ、一対のT字型の杖に体重を預けたまま、河の方面に黒い眼差しを注いでいる。感情が欠落したかのような表情は、心の内を容易に明かしたりしない。

 目線の延長線上に居るのは低い人影。伸び放題の髪に、ボロボロに汚れた衣服。乾いた唇からはとめどない謝罪の言葉が漏れていた。

「仇討ち少年!?」
 他に何と呼べばいいのかわからないので、気が付けばミスリアはそう叫んでいた。
 どうしてまたこんな危険な所に居るのか。いつの間にかこの大人数の中を通り過ぎて行ったのか。だが彼のそれは、生きている人間の気配とは言い難い、生命力に乏しい空ろな存在感だった。通り過ぎていても気付けないのは仕方がない。

「ごめんなさい。ごめん、おばさん。ごめんな。おれ、仇をうてなかったよ。だって、人を殺すのは、怖い。こわいんだよ。むりだった。ごめん」
 少年の口元が歪な笑みの形を作った。

「もういいや。仇は、どうでもいい。あいたいよ。あえるよな? だって……」
 泣きそうなほどに上ずった声だった。
「おれ、知ってるんだよ。死んだ人は魔物になるんだ。だからさがすんだ。きっとまたあえる」
 今にも入水しそうな雰囲気の、少年の昏い呟きを聴いてミスリアは鋭く息を呑み込んだ。

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