31.d.
2014 / 04 / 19 ( Sat )
 昔から自分は人よりも感情表現が希薄だというのは周りからの言動でわかっていた。心が空っぽと思われても仕方がない。

 唐突に、ミスリアが両目をかっ開いた。
 あまりに唐突だったのでゲズゥは疑問符を放ちながら身じろぎした。

「…………笑いました」
「は?」
「今、一瞬だけ貴方の顔の筋肉が笑顔をつくったように見えたんです」
「そうなのか」

「そうですよ」真剣だった眼差しに楽しそうな煌めきが灯った。いつの間にか涙も止まっている。「あの、もっとよく見たいので、できればもう一回笑って下さいませんか」
「……………………」
「いえ、言ってみただけです。すみません」
 少女は目を逸らしてどこか恥ずかしそうに笑う。

「リーデンさんのことは、私にはよくわかりません。あの少年との因縁もどうすればいいのか、簡単に答えが出るような問題ではないでしょう。私はお力になれるかわかりませんけど、でも今日はゲズゥが一杯お話してくれただけでもすごく嬉しいです」

「そうか」
「はい」
 再び目が合った。

 素直だな、とゲズゥはミスリアに聴こえないように囁いた。
 いつだったか、罪人の魂を救済できると証明したくて助けたのか、みたいに責めたことがあった。だが今となっては、知っている限りのミスリアの性質と照らし合わせて考えると、そんな傲慢な意図は感じ取れない。

 日頃からやっているように――顔も知らない、どこかで破滅に向かって生きている人間の話を聞いて――心を広げたのだろう。そう考えると納得が行く。
 もしも気が向けば、その内訊いてみようと思う。

 魂が救済されなくとも何かしらの救いを既に得ているのではないか――。
 そんな考えが芽生えかけるも、痛覚が発する荒波に流されて、形を成すことなく消える。

「行くか」
 ゲズゥは右手でミスリアの肩を軽くぽんと叩いた。
「は、はい」

 左手に巻きついていた温もりは今度こそ離れた。しかも少女は何故かこちらに背中を向けてしまった。
 名残惜しいような心持ちで、ゲズゥは己の左手を一瞥した。

_______

 ミスリアと旅をするまでは教会とはほぼ縁の無い人生を送っていた。
 そのせいかはわからないが、この巨大な建物をうまく形容する語彙をゲズゥは持っていなかった。

「空をそのままお城にしたみたいな……昔、絵本にもこういうの載ってるのを見ました」
 ため息交じりにミスリアが感想を漏らす。

 宗教施設を城と呼ぶのはいかがなものか。しかし規模だけで言えば城と呼んでもいい気がする。色合いは蒼穹か藍色か、透き通るような深い存在感を醸し出していた。「神秘的」の言葉が似合いそうである。
 目の前の教会は、ただでさえ色彩に欠かないこの町の中でも、異質に見えた。

「教団本部の建物はもっと大きいんですけど……綺麗さではどっちも……」
 と、尚も感嘆を表すミスリアを横目に、ゲズゥは別のことに意識を向けた。

 視界の端で、近くの建物の屋根の上を走る人間をみつけたのである。しかもこちらに向かって駆け寄ったかと思えば、屋根から身軽に跳び下り、宙で二回転して着地する。猿を連想させる動きだ。

「こんにちはー! 奇遇ですね」
 男は片手を挙げ、馴れ馴れしく声をかけてきた。

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