3-3. h & あとがき
2020 / 01 / 11 ( Sat )
「…………」
 長い沈黙の後、そうかもな、と呟く。
「逃げようって、そそのかしたこと後悔してる?」
「んにゃ。後悔っつーのは、ニンゲンがつくった概念だろ」
 二度、逃亡を提案した。一度目に受け入れられ、二度目には拒まれたが、それぞれの状況の差異に気付かないほど、ミズチは愚かではなかった。

「ラムが遊んでくれなくなるまで……あいつが所帯持って、歩けなくなるまで長生きするのを、見届けてもよかった。うまれた国で使用人してた方が、何事もなくそうなったかもな。けどもしもの話に意味なんてない。あいつは自分の意思でクニを出て、生きて、死んだ。そんだけだから」
「うん。わたしはその人を直接知らないけど、彼も責任を感じてほしくないと思ってたんじゃないかな。感謝してるって言葉が、きっと本心だよ」
 唯美子は「話してくれてありがとう」と囁き、そっとミズチの肩を抱き寄せた。

「きみは長生きしてる割に他者と関わってこなかったって織元さんは言ったけど、そんなことない」
 一瞬、耳をかすった彼女の声に、何かを決心したような力がこもっていたのを感じた。どういった決意であるかまでは感じ取れないが。
 恒温動物の発する熱に包まれ、ミズチは気が緩んだ。長らく呼び起こしていなかった記憶を辿ってしまうほどに。

「はじめて海に出た夜、あいつすげーはしゃいでたな」
 少年は見渡す限りの平面に愕然としたのだった。吹き荒れる海風に委縮して、甲板の手すりの前で立ち上がってはしゃがみ込み、を繰り返して涙の滲む目で叫んだのをおぼえている。


 ――しんじられない!
 ――なにいってんだ。しんじるもなにも、海は海だろ。存在してんだよ、いまここに。
 ――そうじゃないって。きみは、うみがぜんぜんこわくないんでしょ!? しんじられない! こんなにひろくてまっくらなのに、なんでへいきなの?
 ――ただのでっかいみずたまりみたいなもんだろ。
 ――うみのなかは、みえないんだよ! いきができないんだよ! どんな妖怪がでるかわからないよ!

 しまいには少年は海面を見つめているうちに気分が悪くなったと言い出し、再び船内に身を潜めた。もちろん上陸するまでは船酔いもひどかった。なんとも情けない話である。ミズチは呆れながらも、終始そばについていた。

 航海中、天気のいい日にはラムはこっそり甲板に出て果てしない空と海の青に感嘆していた。塩水を見ているだけで心が浮き沈みするのが、ミズチにはやはり奇妙に思えてならなかった。
 姿形をいくら似せようとも、少年は己とは別の種に属する別の個体だった。相手を真に理解することはできないし、される日も来ないだろう。

 けれどそれでいい気がしていた。距離感に、不満はなかった。
 ――妖怪がでたらさ、おいらが倒してやるよ。だからそんな怖がるなって。
 ――だめだよ。かわいそう。
 ――じゃーおとなしく喰われるんか?

 ――たべられるのもたおしちゃうのもヤだな。だからそうなったら――
 隙間の空いた歯並び、屈託のない笑顔。
 忘れていた。


「あー、そーか。あいつ『逃げるのを手伝って』って答えたっけ」
 変なところで頑固で、変なところで潔い。そうしてその会話通りの展開もあったなと、遅れて思い出す。
 これを滑稽と呼ぶのだろうか。
 笑った。何が楽しいのかわからなかったが、やがて唯美子が心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくるまで、うずくまって笑い続けた。

     *

 どれくらい深く穴を掘れば、差し込んだ石が真っすぐ立つのか。かけた土をどう叩けば、土台が崩れずに済むのか。知らないことだらけの初めての作業に、ミズチはずいぶんと手間取った。
 亡骸が埋葬された山の中。

 夕方に始めたのに、もうこんなものでいいだろうと妥協した頃には、すっかり夜が更けていた。しかし雪雲が月明りを反射して、辺りは意外と明るい。
 いつか亡骸にしたように、墓石のそばで膝を抱えて座り込んだ。ニンゲンならば墓に向かって言葉を添えるはずだ。返事があろうとなかろうと、そうするはずだった。

(こういうときなんていえばいーんだろーな。おまえの言語に『再見』以外の挨拶あんのか?)
 あるとすれば、ミズチは教わっていなかった。
 別れの挨拶にしては前向きに過ぎる。
(またあおうって。いつ、あえんだよ)
 そう思っていても、言葉がわからないのでは仕方なしである。
 頭をかいて、嘆息した。

「――以後再見」
 空を仰ぐと、雪結晶が額に触れてそっと解けた。
 ミズチは死後の世界を信じない。死者の霊が風を吹かせただの動物の使いをやっただの、ニンゲンが語るような事例《しるし》に一切期待しない。

 なのでその挨拶は願いのようなものだった。
 口に出してから理解した。二度と会えなくても、会いたいという想いを形にすることには意味があるのだと。
 想いがどこかにある限り、共に過ごした日々が消えることはきっとないだろう。



新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
どんだけ時間かけて三章書いてるんだよって突っ込みは自分でしておきますね_OTL

まあリアルに色々立て込んでたのと、創作に向ける集中力が低下していたのが敗因でしょうかね。その割にはこの過去エピソードはきちんと書きたかったので、半端なものを出したくなくてずっと未完のものに手を入れ直していました。それこそ何回も何回も書き直してきました(゚∀゚)

これですべてよかったのかは後日また考えます…。

さておき、見た目双子・中身あべこべな二人の明るくアホいエピソードを書きたい気持ちはあります。完全に本編とは関係ないので外伝になりますが。そんなことより四章練ろって? あ、はい。ガンバリマス!

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