2. e.
2025 / 12 / 25 ( Thu ) (私も笑ってる?)
選ぶことを、練習する。普通の子供が幼い頃に会得するであろう、普通のスキル。大人になってからこれをやるのは新鮮な感じがしてわくわくしたが、母の死がきっかけなのは、どうしても複雑な心境である。 「あれ、でも待って。公園じゃあ本来の目的を果たせないんじゃ」 「とりあえずオレが食いたいもん買いに行く。気が向いたら口にしてみろ」 長身の男はさくさくと先を歩いた。寒いのだからあまり動きを止めないのは賢明である。歩幅が違うため、シェリーの方はついていくのに必死だった。 リクターが食べたい物とは、チリドッグだったらしい。公園の端に陣取っている露店商の前に止まって、肉付きの良い黒人男性と会話していた。 「ダンナ、図体でかいのにこんなんで足りるんかいね。もう一本買っていきな」 「足りるよ。知ってたか、タバコって、食欲を抑制すんだ」 「知ってるに決まってんだろ。あんた、今日は別嬪さん連れてんじゃねぇか。なんか買ってやらねぇんかい」 「余計なお世話だっつうの」 「へいへーい、まいど」 行きつけのところだったらしい。リクターは支払いを済ませる間も、気心が知れた相手とするように、店の主と値上げがどうのこうのと冗談交じりに罵詈雑言を投げ合った。口の悪さは健在である。 彼はようやく踵を返したと思ったら、アルミホイルからのぞくチリドッグをずいと差し出してきた。 「やる。最初の一口」 「私に?」 「欲しけりゃの話。んで、気に入ったなら半分食っていいぞ」 熱々のチーズの香りが、鼻先をくすぐる。食欲がないはずなのに、こうして促されては試してみたくもなる。 シェリーはプレッシャーに負けて、ぱくついた。 (そうだ。ホットドッグってこんな味だった) ホットドッグと、トッピングの溶けたチーズと牛ひき肉の、濃厚な旨味に驚いた。子供の頃に父にねだって買ってもらっていたものよりも、ずっと衝撃的だ。バンズもちょうどいい柔らかさである。思わずそのまま二口、三口目と続いた。 「おいしい」 「もういいのか」 「うん、ありがとう――あ、手袋にちょっとついたかな」 ホイルから垂れたチーズが男の黒い革手袋に付着したようだったが、当人は「気にすんな」と言って露店商からもらったナプキンで雑に拭いてみせた。 「げ、雪。公園で食べてくのは無理だな。戻るか」 大きな雪結晶が空からこぼれ始めたのを見て、ふたりは深くフードを被った。 男は、頬をもぐもぐ動かしながらも早歩きをやめない。豪快に大口で食べているのに、器用にも口周りが汚れないし、あっという間に完食していた。 食事は座ってするものと厳しく躾けられてきたシェリーは、妙な心持ちでついていった。 (相変わらず自由だなぁ) 我が強いとも考えられるし、親が放任だったから早くに自主性を身に着けたとも推測できる。二十五歳にもなって些細なことであたふたしてしまう自分とはなんて違うのだろう。 羨ましいと言ったら彼は怒るだろうか。 胸がぐっと痛んだ。 ――私はお母さんが嫌いだったわけじゃない。 もっと私の言葉を聞いてほしかった。私をちゃんと見てほしかった。今日は何したいとか、何が欲しいとか、将来はどんなことがやりたい? ってたまには訊いてほしかっただけ。 私たちの間にあったこの何十年もの時間は、なんだったの――。 地面を見つめて歩いていたことに、気が付いた。先を進んでいたミリタリーブーツが、ふいに止まったのである。もうコンドミニアムの階段の前まで来ていたところだ。 なぜ止まったのだろうと、シェリーは不思議そうに顔を上げた。リクターが珍妙な物を見るような顔でこちらを見下ろしている。 |
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