44.d.
2015 / 06 / 18 ( Thu )
 よく憶えていたな――そう思っても、口には出さなかった。

「確かに俺は都市国家群には居たが、あの地を踏んだことはない。当時カルロンギィは別の国の傘下にあった」
「そりゃあ都市国家群の勢力図はやたらと変動するもんね。ちなみに兄さんが居たのってどの辺だっけ」
「シウファーガ領付近」
「それって灰と岩の地? だよね」
「大方、そんなところだ」
 そんな会話をリーデンと交わしていたら、興味津々とミスリアたちも会話に入ってきた。

「シウファーガという地名は初めて聞きます。カルロンギィも」
「教団の書物を調べても多分同じ名では出てこないよ。それにしても渓谷、か……。聖獣は飛行できるからいいとして、その軌跡を人間の足で辿るのはやはり苦労のかかるものだね」
「でも行きます。行かなければなりません」
 毛布に包まった少女は揺るがぬ意思をもって告げた。聖人はそんなミスリアに微笑みかける。

「一つ幸いと言えるのは、今までの君の巡礼の旅で『後退』がないことかな。聖獣が君を引き寄せているのだとしたら、今後も距離は縮まるのみだと良いね」
「だといいねー」
 聖人の指摘にリーデンが能天気に同意した。

 言われてみれば――これまで寄り道はすれど、一応おおまかには北へ進んできた。旅の始まりが南東最先端の国であるシャスヴォルからだったのも一因ではあるが。
 そういった要素を除いて聖地だけを取り上げても、最初のナキロス、次のクシェイヌ城、今回の塔と沼そして都市国家群と、一箇所ずつでも北上し続けているのは確かだ。

「ミスリア、沼から拾ったその水晶をどうするかは一応司教さまとも相談をしよう」
「はい」
 方針も決まったところで、全員で帰路についた。前方を歩くミスリアと聖人がのんびり喋っている。

「僕は、それは君が持っているべきだと思うけどね」
「そうでしょうか?」
 ゲズゥは聖人の意見を聴いて片方の眉をぴくりと吊り上げた。今後もあれが、あの鱗が近くにあり続けるのかと思うと、不快感が小さな針みたく胸の内に刺さった。

「うん。聖獣との縁が強いからこそ君の手元に流れ着いたのだとすれば、君以上にそれを扱える人間は居ないんじゃないかな。今後の旅路で何かの役に立つかもしれないし」
「そう言われてみると、確かに純度の高い水晶が傍にあるのは心強い気がしますけど……こんな貴重な物を持ち歩くのは責任重大で心配になりますね……」
 不安がるミスリアに、聖人は笑って「大丈夫だよ」と答える。

 ――実用できるのならあれが近くにあるのもやむをえないか――とゲズゥは己に言い聞かせて納得させようとした。
 ふと、隣のリーデンがこそこそと母語で話しかけてきた。

「ねー、兄さん。都市国家群に向かうってことはヤシュレ通りそう?」
「……可能性はある」
「だったらちょっとだけ野暮用で抜けようかな。数日くらいで済むと思う」
「そういうことはミスリアに訊け」

 などと答えたものの、おそらく問題無いだろうとゲズゥは予想していた。知っている範囲では、渓谷に近付くまでは大きな困難や障害が待ち受けていない。数日ほど護衛が二人から一人に減ったところで差支えないはずだ。

「そういえばカルロンギィを傘下に治めていた都市国家って――」
 先を行く聖人が都市国家群について何か言っているのが聴こえたが、ちょうど眠気と大きな欠伸に襲われて、ゲズゥは会話の肝心なところを聞き逃すこととなった。

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やばいっす。いよいよマジで夏のスリラーものを練りはじめちゃってるっす

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