20.g.
2013 / 02 / 07 ( Thu )
「まだ儂を疑ってんのか、おめぇは」
 短く剃られた髪に分厚い掌をこすっている。動作に苛立ちがにじみ出ている。
「白々しい。十五年、否定も肯定もしなかったくせに」
 そう答え、エンの顔から表情が消え去った。

 二人はまるで周りに誰もいないかのように話し込んでいる。実際はアズリやゲズゥたち以外にも四人居た。全員、テーブルを囲って座る気になれないのか、壁を背にして立っている。
 頭領の後ろに控える体格の良い二人はものものしい雰囲気を漂わせ、一方でエンの後ろの二人はハラハラしながら視線をさまよわせている。

「確信を得るに十分な材料が無くたって、アンタを憎むには足りた」
「儂はおめぇを引き取って育てた。後ろめたいモンがあったらやらねぇだろ? わざわざそんなコト」

 ゲズゥはあることを連想した。
 世の中には、子持ちと知らずに雌狼を退治し、後に罪滅ぼしのつもりでその子供を育てる物好きな人間も居るらしい。この巨漢がそんな人種とは思えなかった。

「後ろめたさを感じるような人だったん? つっても、育ててくれたのは一応感謝してるぜ。おかげで、この歳まで生きられた。でもそれと家族を奪われた恨みは別モンだ」
 その時ゲズゥは、エンの言葉に妙な引っ掛かりを感じた。
 確かに険しい世の中を子供が一人で生き抜くのは困難だが――ゲズゥの実経験が十分に証明している――それだけで、「この歳まで生きられた」と表現しないような気がする。

 しかしそんなことよりも、エンが頭領を家族の仇と認識していることが明らかになった。
 涼しい顔のアズリ以外の人間が、新事実に驚愕している。

「お頭が、アニキの家族を奪ったって、どういうことだ……!? 殺したってコトなんか?」
「知らねぇよ! オレだって初耳だっつーの! アニキのことは、ガキの頃に拾ったとしか……」
 エンの後ろの二人が小声とは言えない音量でひそひそ話をした。
 頭領の後ろの二人は微動だにしないが、平静を装うのが巧いだけで、以前から知っていたとは限らない。

「誰を恨んだとしても死人は返らないぞ」
 外野の動揺を全く気に留めない様子で、頭領が冷ややかに断言した。
「わーってるよ。だからオレもアンタを殺そうなんて考えちゃいない。ま、ちっさい頃は何度か寝首かこうとして返り討ちにされたけどな」
 言い方は軽いが、紫色の瞳には憎悪が浮かんでいた。

「そうだったなぁ、懐かしい」
「ぜーんぶ、無駄なあがきだったな。どっちみち、オレは頭を殺して……山賊団を、こんな大勢の人間の人生をめちゃくちゃにする度胸も無いんだ」
 これでも仲間だし、と背後の二人に向けて呟く。二人の男は嬉しそうに頷いた。

「ほう」
「だから、出てくだけにしとく。オレにつけてる監視を外せ。そんで二度と関わるな」
「……何で、今になって出てく。ソイツらの為か?」
 頭領が大きくため息をついて、目配せでゲズゥを指した。

「きっかけを待ってた」
 エンは頭領の視線から顔を逸らした。
「もう何を言ったって無駄だし、取引は取引だ。オレは山脈を出てくぜ、ゲズゥとミスリア嬢ちゃんと一緒に。どうしてもダメだってんなら……」
「ダメだってんなら、何だぁ?」
 頭領は白の混じった薄茶色の髭を撫でた。

 ただでさえ涼しい部屋の気温が、更に下がったような感覚があった。テーブルを挟む両者が睨み合いになり、会議室が不穏な空気に包まれた。

 ――関与したくない、けれどもエンを見捨てるのは得策ではない。事態がこじれたらこっちを解放する約束も白紙に戻されかねない。
 ゲズゥはミスリアを抱える手に僅かに力を込めながら、考えた。
 そもそもこの頭領がエンに執着する理由が不明瞭だ。いや、理由があると仮定するのが間違いかもしれない。

 数分かけてもこれといった案が浮かばなかった。ゲズゥは試しにアズリの方を一瞥した。
 すると期待通り、空気が凍りかけている部屋で、彼女だけが動いた。

「血気盛んだわねぇ」
 トン、とアズリは石のテーブルの上に腰をかけた。次いで足を組むと、衣が翻り、白い太腿が現れた。
 あれだけ裾が長いというのにどうやって脚を見せたのか、器用な座り方だ。

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