11.f.
2012 / 04 / 14 ( Sat )
「ありがとうございます」
 ミスリアはメモを受け取って役所をあとにした。
 
 外で待っていたゲズゥに簡潔に流れを話し、二人はまた歩き出す。
 三つ角を曲がったすぐそこに湖に面した小さな料理屋があった。
 
「ごめんください」
 店に入ると、眩しさにまず目を細めた。オープンテラスが、高く昇りつつある陽を迎え入れている。まだ少し早いが、昼食の時間に近いといえば近い。
 
 屋内に四角いテーブルが四つ、テラスに三つ、カウンターにスツール六席といった規模の店だった。椅子が全部テーブルの上に置かれている。
 
「悪いな、今日は閉業だ。こっちは掃除とか在庫チェックのために来ただけでな」
 カウンターの後ろから男性が姿を現した。
 
 焦げ茶色の髪を首の後ろで一まとめに結び、口や顎の周りに髭を生やしているため傍目ではもっと年上に見えるが、顔立ちからだと三十路半ばに見える。力仕事に適していそうな体つきで、長い袖を捲り上げている。
 
「いいえ、私たちはお客様ではなく――」
 ミスリアはカウンターに近付いた。
「ん?」
 何かに気付いたように、男性が眉根を寄せた。ドンと音を立てて右腕をカウンターに乗せ、身を乗り出して、ミスリアの顔をじっくり覗き込む。
 
「あ、あの……?」
 気圧されて、ミスリアは仰け反った。男性の灰色の瞳が近い。
 
「……栗色のウェーブ髪で清楚な身なりの少女。かわいいが際立った美少女というほどでもなく、どこにでもいる村娘のような平凡な風貌でありながら内から滲み出る品の良さ、大きな茶色の瞳と白いもっちり肌が特徴。そしておそらく背の高い黒髪の男を連れている……てことはあんたが、聖女ミスリア・ノイラートだな?」
 
「……はい、ミスリア・ノイラートは私です」
 反応に困り、ひとまず笑うことにした。
「おー、やっぱり! 聖人さんに聞いたとおりだな。オレはルセナン、ルセでいい。よろしく、ミスリア嬢ちゃん」
 
 ルセナンは、にかっ、と歯が見えるような人の好い笑顔を見せた。次いで手を差し出し、握手を求めた。ミスリアは素直に握手を返した。分厚い手だったが指は長く、文官でも武官でもやっていけそうだなと思った。
 
「お会いできて嬉しいです、ルセさん」
 正直な気持ちだった。名前からしてまさしく探していた人物である。
「その台詞はそのまま返すぜ。まぁ、座りなよ。そっちの兄ちゃんも、何か飲むかい? 最近は流行病のせいで食べ物が信用できなくてな、仕方なくしばらく閉業してるんだが。酒は水より安心できるだろ?」
 
 そういうものだろうか、と不思議に思いながらも、ミスリアはスツールに腰を下ろした。飲み物に関しては断った。
 
「ウィスキー、ショット」
 それだけ言って、ゲズゥがカウンターに歩み寄ってきた。座らず、近くの柱に背をあずけている。おうよー、と軽く返事をしてルセナンが要望に応じる。
 
(昼間から飲むの……!?)
 ミスリアは激しく疑問に思い、しかし異議を唱えていいものか迷った。目だけで訊ねる。ゲズゥは包帯に隠されていない右目を合わせてきたが、何事でもないかのように視線を外した。
 
(何だか雰囲気的に酒豪っぽいもの、大丈夫……よね……)
 
 きっと飲んでも飲まれないタイプの人間なのだろうと、無理やり納得しておいた。行動や判断力や体調に変化さえ現れなければ、大丈夫。更に言えば、ルセナンがグラスにウィスキーを豪快に注いでいるので、ミョレンの法では昼間からの飲酒は禁止されていないのだろう。
 成人式を経たためミスリアも法では飲めるが、聖女としての戒律では儀式目的以外の酒の類は飲めない決まりである。

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