11.g.
2012 / 04 / 16 ( Mon )
 そうだとしても、この場合は酒代は自分が払わなければならないのだ。ミスリアは苦笑いを浮かべた。
 そんなミスリアの心の内を感じ取ったように、ルセナンがまた歯を見せて笑った。
 
「聖人カイルさんに免じて、代ならいいぜ」
 彼は琥珀色の液体に満ちたショットグラスをバーカウンターの上に置いた。濃厚なアルコールの臭いが立ち上る。グラスを、ゲズゥが横から手を伸ばして取った。
 
「でも……」
「でもは無しだ。あの人には随分世話になってるしな」
 温かい印象のハスキーボイスがミスリアの言葉を切る。
 カイルにはお世話になっていてもミスリア個人に対してはまだ初対面だから、厚意に値しない気もした。その旨を伝えようと思ったが、口を挟む機会を逃す。
 
「なんていうかな。神父さんが最初連れてきた時は爽やかな兄ちゃんだなぐらいの印象だったが。やれ魔物だ疫病だなんて騒ぎが出てきてさ」
 自分の飲み物をグラスに注ぎながら、ルセナンは口をも動かした。
「役所での対策会議が終わった途端にオレに『腑に落ちない時の顔をしていますね』って声かけてきたんだ。部屋の逆側からよく見てるな、って思ったぜ」
 
「どうしてそんな顔をしていたんですか?」
 ミスリアが訊くと、ルセナンは腕を組んで唸った。
「一口には説明しにくいんだが……」
「なら後に回せ」
 
 小気味いい音を立てて、ショットグラスが再び木製のバーカウンターの上に置かれた。今度は中身がカラだ。
 ゲズゥの無遠慮な発言に対してルセナンは驚きを見せた。一方、ミスリアはそこではっとなった。ルセナンのペースに気を取られていた。
 
「ルセさん。そのカイルなんですが、今どこでどうしているのか存じませんか」
「教会にいるんじゃないのか?」
「いいえ、二日前から姿が見えません」
 ミスリアが事情を端的に話すと、ルセナンは考え込むような顔になった。
 
「そいつは怪しいな……。残念ながらオレにも心当たりは無い。最後に会ったのが先週、聖人さんが病人を癒しに来てた時だからな」
「そうですか……」
「地下貯蔵庫だったら案内できるぜ。今から行くか? 歩きながらお互い情報交換を続けよう」
 
「ではお願いします」
 ミスリアは深々と頭を下げた。カイルがわざわざ見取り図の複製を作るくらい重要な場所だ。何かわかる可能性はある。
 
 ルセナンは革製のベストを羽織り、奥にいるらしい妻に出かけると声をかけ、そうして一行は三人になって店を発った。
 
_______
 
 町の衛生面の管理はオレの仕事の管轄内だからな、と道行きながら役人が言った。どうやら疫病騒ぎは収束へ向かっているらしい。
 役人が聖女ミスリアと会話しているのを、ゲズゥは三歩ほど後ろから観察していた。単に会話に参加するのが面倒だからである。しかし内容は聞いておきたい。
 
「神父アーヴォスさんが上と掛け合うなり聖人さんに治癒を頼んだりしてさ、何だかんだで死人は最初の四人だけだった。罹った人間の数は現時点で二十八人に上っているが」
「発生源は突き止められたのですか?」
 
「いや、まだだ。適切な処方薬が手に入ったため今はそれを病人に届けることが優先されている。けどおかげさまで民は大分安心できた。もうしばらくは、皆必要以上に出歩かないだろうがな」
 教会は別として、と役人が小さく付け加えた。
 どうやらラサヴァの町民は、ことこの件に関しては神父に相当感謝していることもあるからだという。
 
「治療薬があると頼もしいですね」
「それよ」
 役人は人差し指を大げさに振った。
「オレは数年この職に就いてるが、疫病でこんなに早く解決策にたどり着くなんて稀なんだよ。まずは症状をまとめて伝染を食い止め、できれば発生源と病原体の正体を把握して、正しい処方をする。これらはなるべく同時進行だ。たとえ運良く他の段階が早く進んでも、処方薬を必要な分だけ揃えるのは結構大変なんだ」
 
「なるほど、そういうものなんですか」
「ああ。だからあの会議で、既に国府と連絡をつけて薬を充分に取り寄せているって話になった時、腑に落ちなかったんだよ。なのに次の日には本当に騎士団が荷馬車を引いて来るんだもんな」
「荷馬車を引いた騎士に、シューリマ・セェレテ卿はいましたか?」
 途端に声を小さくして、ミスリアが質問した。対する役人は意外そうな表情を浮かべる。
 
「いたぜ。よく知ってるな」
「なんとなく、です……」
「そうか……? まあとにかく、オレは聖人さんと話してる内に、この騒ぎが仕組まれたって結論に至ったわけだ」
 役人も小声になった。ゲズゥは距離を三歩から二歩に縮めて聞き耳を立てている。
 
「犯人やら動機まではオレにはまったく見当付かないが、どうやら聖人さんは心当たりがあったようだな。独自に追うつもりで地下貯蔵庫を調べてたんだと思う。オレは処方薬の方に手を回してたんだがひと段落ついて、あとは病院だけで手が足りるって言い渡されたから休みをもらった。いや、上司に無理やり休めって半ば強制的にな」
「お疲れ様です」
 
「本音を言えば、オレも一緒になって色々嗅ぎ回ってるってバレたから、現場から遠ざけられたんじゃないかとも思う。誰の計らいだか」
 小声で漏らして、役人は苦笑した。
 
 話を聞く限りではかなりありうる話だというのが、ゲズゥの感想だった。
 

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