1. a.
2025 / 12 / 17 ( Wed ) 慣れない場所で目を覚ました。 寝心地からしてここはベッドの上ではない。タバコと、男物の香水の残り香がする。どれも普段の生活の中では嗅ぐことのない匂いだった。 上体を起こしたら、手のひらに何か薄っぺらいものがついた。よほど古いソファなのだろう、ちょっとした拍子で表面が剥がれてしまったようだ。 (私、どうしたんだっけ) 薄暗い。 目前にコーヒーテーブル、その向こうには小型テレビのシルエットが見えた。電化製品が発しているであろう振動音を除いて、辺りは静かだったが――足音。 背後から人の気配が近づいている。 「動くな」 ガチャリ。 実物を見たことはなくても、映画やテレビで聞き知っている音。冷たく、無機質な感触が後頭部に触れる。 銃口だ。 「空き巣で寝落ちって、ふざけてんな」 抑え込まれたような怒気と警戒。男の掠れ気味の低い声に、全身がすくんだ。 動くなと言われているのに、震えながら言い訳した。 「違うの、私は、その……えっと、鍵が開いてて」 「あぁ? 鍵がかかってなきゃ何してもいいのかよ」 ごりっと、鉄の擦る感触が頭蓋骨に伝わった。 「ごめんなさい」 どうしてこんなことに――思考は数時間前までさかのぼる。 * 母が過労死した。 その事実に対して胸が張り裂けそうな悲しみが確かにあるのに、紛れもない安堵と解放感を覚える自分に、嫌気がさした。 (お母さん、私はどうしたら) 先々週までふたりで暮らしていたアパートの中で、シェリーはひとり身震いした。空調をつけるのがなんとなく気が引けて、ウール製ブランケットに包まりながら、何をするでもなく膝を抱えて悶々と過ごしていた。 ちっ、ちっ。壁の時計は午後九時を回っていた。すっかり夜なのだから暗くしなきゃ――義務感でリビング中の明かりを落とす。カーテンも閉めた。窓の外からのぞく世界は都会らしく、まだまだ行き交う車のヘッドライトや営業中のビルの明かりに彩られていた。 完全に暗くするとどうしようもなく寂しくなって、眠れない。だから明かりはひとつふたつ、残しておく。 もう何日もまともに寝れていない。寝室に行くには母の部屋の前を通らなければいけないので、それが嫌で、夜な夜なソファで横になっていた。値の張るソファクッションの寝心地自体は悪くないが、頭の中は黒い靄がかかったように重い。 シェリー・ハリスには、十年以上前から、母しかいなかった。大学教授だった父と法律家だった母はとうの昔に別れていて、そこからシェリーは女手一つで育てられたのである。 息苦しい人生だった。 お金ならあった。なかったのは、自由だ。行動の自由、選択の自由、そういった普通の人間が持っているはずのもろもろを、母は残らず奪ったのである。そうとわかっていながら、長年抗うことができずにいた。 だが母がいなくなったらなったで、どうやって生きればいいのかわからなくなってしまった。 (どうしよう) 仕事はしばらく休みをもらっている。司法試験に受かるまではここで経験を積むようにと母のコネクションで始めさせられた仕事なので、迷惑をかけているという申し訳なさはあっても、戻りたいという意欲はあまりなかった。 (アパートだって……) 遺品整理をせねばならないが、親族は手伝ってくれそうにない。もとから叔父や叔母とは疎遠気味で、彼らは葬式に顔を出した後はさっさとそれぞれの住む州へ帰ってしまった。 首都の中心部に高層ビルの部屋を借りられたのは弁護士だった母の収入があってこそできたことだ。法律事務所勤めとはいえ助手でしかない自分の給金と、保険金でこのまま住み続けていいものか、シェリーにはわからなかった。 精神衛生的にも出ていきたい気持ちはあった。住む地域を選んだのは母だし、内装も全部母の趣味だ。亡霊にまとわりつかれているようで気分が悪い。だからといって遺されたものを全部捨てるのは、亡くなったばかりの家族への無礼にも思えた。 いくら考えても答えは出なかった。やる気も出なかった。 質の悪い睡眠を繰り返し、目を覚ます度に時計を見やった。まだだ、まだ朝が来ない。 永遠のように続く虚脱感。なにも、何もしたくない。手足を動かすのも億劫だった。 お久しぶりです。皆様お元気でしたか。 たぶん毎日更新します。 ふんいき2000年代のアメリカ中西部のどこかの都市、携帯電話が普及する前後。 途中でR18がひょろっと入るのでその話には注意書きを入れます。(読んでも読まなくてもストーリーの流れは伝わる、はず |
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