1.相談にのる娘、ミスリア - c
2020 / 04 / 18 ( Sat )
「らしい、ということは、まだどなたともお会いしてないんですね」
 シェニーマはゆっくりと首肯した。
「パパがすすめる結婚相手に嫁げば家のためになるけど、あたしはこの町を出て遠くに行くことになる。そんなの嫌」

「難しいですね」
「……まあ、ね」
 外套のボタンを指先でいじりながら、彼女は言葉を滞らせる。
 ミスリアは歩道脇にあったベンチに腰をかけ、シェニーマにも隣に座るよう促す。共に腰を落ち着けると、話が継がれた。

「パパは、他に結婚したい相手がいるなら縁談は考え直すって言ってくれたの。婿を跡継ぎに迎えればいいんだし」――いったん言葉を切り、俯く――「でもあたし、好きなひとがいるって言いだせなかった」
「想い合っている方がいると、お父様に相談するのが何よりの第一歩でしょうね」

 恋愛結婚が少数派である世の中、家の立場を思えばなかなか言い出せないのも仕方ないだろう。けれど彼女は異を唱えられる段階にありそうだ。だとすると、無理に我慢をすることもない。
 シェニーマは急にしどろもどろになった。

「そ、それがね」
「?」
「想い合っているわけじゃないかも、ていうか、向こうは何も知らないどころか、受け入れてくれそうかっていうとむしろダメかも」
 遠回しな言葉が続いた。ミスリアは数分ほど静聴していたが、折を見て「要するに」と切り込んだ。

「相思相愛の相手ではない、と?」
「うわー! そうよー! あいつなんも知らないどころか、絶対、全然、みじんもあたしの気持ちに気づいていないわよー!」
「きゃっ!?」

 シェニーマが奇声を上げたので、隣にいたミスリアは驚いて足元の買い物籠を蹴ってしまった。籠が倒れされた拍子に、芋が三個、それぞれ違う方向に転がってゆく。立ち上がり、一個ずつ拾ったが、三個目は路地の影の方に消えてしまった。ひとまず拾った二個を籠に戻した。

「ごめんね。こういう話、興味ある?」
「ありますよ。ただ私はあまり……うまく相談に乗ってあげられるほどの人生経験がなくて、申し訳ないです」
「そんな感じするー。あれ、でもミスリアがしてる指輪って、」

 不自然に質問が途切れる。シェニーマは黄緑色の双眸を大きく見開き、表情をかたまらせていた。その視線の先を辿り、ミスリアは首を巡らせた。
 黒衣の男が佇んでいた。
 路地に並ぶ建物の影がかかっていて、顔や身なりはよく見えない。片手に、先ほど転げて逃げたばかりの芋を握っている。

「みつけたぞ」一瞬、彼女の迎えが来たのかと思ったが、次の問いかけがその可能性を完全に打ち消した。「お前が、シェニーマ・ウーデルハインツか。いや、後ろのもうひとりか?」
 この男は危険だ。直感がそう訴えかけてくる――

「私です」
「なっ、待って!?」
 男の視線を遮るように、ミスリアは一歩踏み出て答えた。背後で本物のシェニーマが口を出そうとするのを、片手で制する。

「この際どちらでも構わない。おい、まとめて確保しろ」
 路地の奥からさらにふたつの人影が出てきた。声を出す間もなく捕らえられ、担がれ、そしてどこかに投げ込まれた。
 骨を打ったのか、肩からじわじわと痛みが広がっている。

(干し草の匂い……?)
 眩暈がおさまるのを待っている間に、馬のいななきと、振動がした。どうやら荷馬車に放り込まれて、その馬車が動き出したらしい。

 辺りを手探り、すぐ近くでシェニーマが横になっているのを知る。囁きかけても返事がない。咄嗟に彼女の顔に耳をよせ、ちゃんと息をしていることを確認した。
 座り直して、胸をなでおろす。
 他にも人の気配がする。こちらをじっと観察――否、監視か――しているのを感じられる。

(白昼堂々と、人攫い)
 町の治安が良いという評価を改めねばなるまい。
(困ったわ)
 こうなっては、遅れるどころでは済まない。また、呆れられるだろうか。
 暗闇の中、ミスリアはそんなことを考えていた。


次回、2.逃げたい娘、シェニーマ

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