1.相談にのる娘、ミスリア - b
2020 / 04 / 11 ( Sat )
「シェニーマさんは、どこかへ向かう予定がないのでしたら、一緒に歩きませんか。話し相手が欲しかったんです」
「予定なんてないけど」
「出会い頭に馴れ馴れしいと思うのでしたら、もちろん断ってかまいませ――」

「ううん。いく」
「え、あ、はい。ではついてきてください」
 自分で誘っておきながら、もう少し警戒心を持った方がいいのではとミスリアが心配するほど、あっさりと彼女は首を縦に振った。

 改めて相手の顔を見上げる。歳は近いだろうけれど、身長はシェニーマの方が頭半分ほど高い。卵型の輪郭に白く透き通った肌が魅力的で、陽射しにきらめく黄緑色の瞳はペリドット《橄欖石》に似ていて、色こそ珍しくないが、見る者を吸い込むように美しい。

 ふたり並んで歩きながら、他愛のない話をする。来月催される祭事や、流行りのかわいい髪留め、或いは最近みつけたおすすめのカフェについて談笑した。ほぼミスリアから振った話ばかりだったが、シェニーマはどれにも食いつきがよく、無邪気な笑顔を絶やさなかった。いろいろなものに興味があるらしい。

 あっという間に橋を渡り切ってしまい、そこでミスリアは外套のポケットから小さなリンゴを二個取り出した。

「話し相手になってくださりありがとうございました。お礼にどうぞ」
 差し出されたみずみずしい果実を、シェニーマはまず無言で見下ろした。数秒後にはひとつ取って、手の平にころんとのせた。
「意外としっかりしてるんだ」
「それはどういう意味で?」

「ただ食べ物を恵んでくれるんじゃなくて、お礼って形にしたでしょ。そうすればあたしは『借り』ができずに済む」
 首を傾げて、ミスリアはしばらく言われたことを反芻した。
「私は本当に話し相手が欲しかっただけですよ」
「自分のおやつを他人に分けてまで?」

「はい」
「無意識なら、もっとすごいと思う」
 シェニーマは残る二個目のリンゴをも手に取り、ジャグリングをし始めた。
 手先が器用というのか、運動神経がいいのか。宙を舞う赤い軌跡に思わず見惚れてしまう。

「ミスリアは、これから織物を買うんだよね。その荷物持つよ。食べ物はもういらないから、あたしの悩みを聞いてくれる?」
 唐突にジャグリングの手を止めて、彼女はリンゴにかぶりついた。シャク、と小気味のいい音がする。
 頼みごとをした声音は明るいままだが、視線が泳いでいて目を合わせてくれない。その悩みは、家に帰りたくない理由と繋がっているのだろう。

「ええ。喜んで」
 ミスリアが微笑を返したのと同じタイミングでシェニーマが盛大にくしゃみをした。家を飛び出たスタイルだからか、彼女が着ているワンピースは長袖であっても薄そうな生地を使っている。もののついでに外套を買ってあげることにした。
 さすがに受け取れないと意地を張る彼女をなだめ、一番安価のものをプレゼントした。

「なんか……ありがとう。後で、ちゃんとお金返すよ」
「私は別に構いませんよ」
「あたしが貸し借りナシにしたいの! まだ悩みも聞いてもらってないのに!」
「そうでしたね。いつでもどうぞ」
  店を出ると、遠くで時計塔が短い音の羅列を奏でた。既に待ち合わせの時間だが、この奇妙な成り行きが楽しくて、名残惜しい。遅れてしまうことを心の中で詫びた。

「将来のことをね、決めなきゃなんないの」
「はい」
 背筋を正し、相談を聞く姿勢に入った。彼女の歳を考えれば、遅い悩みにすら感じられる――
「パパがね、結婚相手を選べって。何人か候補がいるらしいの」
「は、はい」
 少しミスリアの予想していた話の運びと逸れて、困惑した。

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