1.相談にのる娘、ミスリア - a
2020 / 04 / 06 ( Mon ) 声がした方向に視線をやると、橋を縁取る手すりの下に丸まった人影があった。 そこまでの距離、四フィートほどか。遮るものがないとはいえ、独り言などの呟きがハッキリと聴こえるにはやや離れている。空耳かと疑い、辺りを見回したが、ちょうど周辺にはほかに誰もいなかった。なんとなく空を見上げる。そこにも遮るものはなく、青空と薄い雲が広がっているだけだった。スズメが一羽、忙しなく横切った。 「だー! おなかすいたぁ!」 「きゃっ」 今度は鋭い叫び声がした。驚き、肩をすくめる。 手すりの下の人影が、手足をばたつかせて唸っている。明らかに飢えている様子ではなかった。まだ十分に暴れる元気が残っている段階の空腹と見受けるが、それでも無視するのはしのびないと思い、歩み寄ることにした。 「大丈夫ですか」 その一言を、相手に気付いてもらえるまでに何度か繰り返す。やがて顔を上げたのは、二十歳前後の若い女性だった。 「……あなたは?」 「ただの通りすがりの者です。ミスリアと申します」 名乗ると、女性はハッとし、座り込んだままに背筋を伸ばして頭を下げた。後頭部でひとつに結った髪が揺れる。緩く波を打つ栗色が自分とお揃いだとミスリアは静かに気に留めた。 「ご丁寧にどうも。あたしは、シェニーマっていうの。お見苦しいところを」 「初めまして。いえ、シェニーマさんは、お腹が空いているのですか?」 「そうなのよ!」 がばりと立ち上がった彼女は、足首までの丈の綺麗な桃色のワンピースを着ていた。歳のほどに合った平均的な身長と肉付きだが、要所を飾るアクセサリと刺繍によって華やかな印象を受ける。束ねた髪を飾る花柄のバレッタにも、高そうな繊細な金細工が施してある。 「朝、家を出てから、何も食べてないの」 シェニーマは一句ずつ、重々しく吐き出した。 やはり飢えているわけではないようだった。 「どうしてでしょうか」 ミスリアは周辺に視線を走らせ、言外にどこかで食事していけばいいのではと問うた。 人道橋の下を流れる河は深く広く、運搬に適していた。岸に並ぶ建物の多くは飲食店を営んでおり、河を伝って材料を仕入れている。特にこの時間帯はどこも美味しそうな匂いを発している。 ないから、と彼女はボソリと答えた。 「はい?」 「……お金が、ないから」 「――はい?」 意外な返答に、ミスリアは思わず目をぱちくりさせた。流暢で上品そうな共通語、裾についた新しそうな汚れを除けばなかなかに整った身なり、これでどうして手持ちが無いと言うのだろうか。 「お財布を落としたのですか」 「ちがうの、勢いで家を飛び出したから何も持ってなくて……そもそも、出かける時はいつも別の誰かがお金を管理してたし……あたしはあんまり持ったこともないし……」 目を伏せての言い訳じみた口ぶり。 (どこかいいところのお嬢さんなのかしら) 重ねて質すのはかわいそうな気がして、ミスリアはとりあえず笑顔で話題を変えた。 |
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