0.であい、橋の上にて
2020 / 04 / 04 ( Sat )
 人道橋を渡っていたら、右手の丘の上から厳かな旋律が転がり落ちてきた。
 正午を報せる音の波は遠目にそびえる時計塔が奏でているものだ。となると待ち合わせの時間まであと三十分か、と彼女はひとりごちる。

 腕に抱いた手作りの買い物かごを見下ろした。今夜分の食材と、珍しい品だというので買ってみた少量の調味料と、羽ペンに使うインクの替え。あと足りないものといえば、これから冬に向かって冷えてくることを予想して、ひざ掛けか肩掛けが欲しいところだ。

 橋の向こうに、織物を取り扱っている店があったと思う。なければ毛糸から自作するという手もある。
 鼻唄交じりにのんびり歩き続けた。

 この町に来てまだひと月経ったばかりだが、しばらく定住してみようと検討するほどに気に入っている。秋の気候は過ごしやすく、朝晩がやや寒くて午後は通り雨がたまにある程度で、困ることはない。商人と物資の出入りは多いながらも治安は悪くないし、すれ違う人々の雰囲気が明るい。聞けば町長は民の声によく耳を傾けるような御仁で、広く支持されているらしい。
 今のところ非の打ち所がない。物乞いや孤児の影すらあまり見たことがないくらいで――

「……おなかすいた」
「え」
 タイミングがいいのか悪いのか、ふいにそばから、覇気のない声がした。



0~5の六話編成を予定しています。しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

次話:相談にのる娘、ミスリア

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