七 - b.
2017 / 07 / 06 ( Thu ) 魔物が一刀両断される。切り口から飛び出す体液が、なんとも美しい弧を描いた。 痛快な光景であった。剣圧から生じた風ですら気持ち良いくらいだ。自分を脅かしていたモノがこうしてあっさりと無に帰すさまを眺めるのは、気分が良かった。(って、いけない。見とれてる場合じゃない) 己にもたれかかる重みを思い出して、セリカはハッとなった。そっと草の上に寝かせてから、呼びかける。 「エラン!」 ふと人の気配が近付いた。警戒して思わず身じろぎした。 「安心してください。私は聖女です」 例の少女が膝を付き、銀色の鎖に繋がったペンダントを取り出して見せた。ペンダントの部分は銀細工に紫色の水晶が左右に一つずつついている、左右対称的な形だった。十字にも似た紋様は、この大陸で生活する人間ならばほとんどが見知っている象徴だ。 「教団の聖女が……どうしてこんなところに……?」 「お話はまた後にしましょう」 浮かべている微笑みと裏腹に、聖女の声音は厳しかった。何かの呪文を小声で唱えてから彼女は慣れた様子で手をかざした。「どこが悪いのか、わかりますか?」 「胸――肺を多分、さっきやられて……それからお腹にも内出血、かな」 指で示しながら教える。先ほどはだけさせた服がそのままになっているため、患部が露わになっている。 「わかりました。胸とお腹ですね」 少女の手の中に握られたペンダントが、金色の光を発している。光は淡く伸びて帯のような形になり、エランを包み込む。 セリカは目を凝らして一部始終を見つめていた。その上で、目を疑った。 胸の皮膚を抉った傷や腹部の痣が、忽ち治っていったのである。服に付いた血痕は変わらないが、ほんの数秒前まではそこにあったはずの痛々しい生傷がすっかり消えてしまった。唇も元の色に戻っているし、顎にまで流れていたはずの血の痕も無い。 幻覚かと思ってセリカは何度も目を擦った。手を伸ばして、触れてみたりもした。 ――この弾力、感触。何の仕掛けもない、まごうことなきただの肌だった。 仰天した。セリカとて聖人や聖女が摩訶不思議な力を施すのを見たことや経験したことはあったはずだが、せいぜい擦り傷や頭痛を治したという程度の話だ。 「すごっ! 『聖気』ってこんなことができるの!?」 感嘆して聖女の方を振り向く。一方で彼女はとても息苦しそうに答えた。 「これで、彼はもう、大丈夫でしょう。後は頼みましたよ、ゲズゥ……」 どうしたのと訊ける間もなく、ふらりと小さな聖女は前のめりに倒れかける。横合いから伸びた腕がその肩を支えた。魔物はもう倒し尽くしたのか、長身の男がいつの間にかすぐ傍にいた。 一拍置いて、彼はこちらに首を巡らせた。不気味なほどに無表情な男は、やはり不気味な、真っ白な左目と真っ黒な右目をしている。 「…………女」 低い声だった。威圧感に竦み上がりそうになる。セリカはぐっと顎を引いて、視線を返した。 「何よ」 この男には命を助けてもらった――更に言えば彼の連れにエランを助けてもらった――のだから、なるべく好意的に応じたい。そう思っていても、一体何を要求されるのか、恐ろしい想像をせずにはいられない。 「体力に自信は」 「体力? なくはないけど、何で」 男は大きな布の袋を投げてきた。二本のストラップが付いていて、おそらくこれは背負って運べるデザインなのだろう。 「街道沿いは夜盗が出る。野宿できる場所を探す」 そう言って彼はエランを左肩に担ぎ、少女を右脇に抱えた。ちなみに先ほど振り回していたあの大剣は、背中側の鞘に収まっている。 「えっと、あなたは手いっぱいだからあたしに荷物を運べってことね」 男は答えずに走り出した。 (言葉が足りない奴……) 呆れて、セリカはため息をついた。置いて行かれても困るから、急いで荷物を背負って走り出す。 森の中を駆けるも早くもはぐれそうになり、男の背中に向けて叫ぶ。 「足の長さを考えて速度調整してよ!」 そもそもあの男、人間を二人も抱えていながらどうやってこうも巧く森の中を走っていられるのか。狭いし、地面は石や枝ばかりで踏みづらいし――天性のセンスなのか、そうなのか。 「こっちは旅装じゃないし、サンダルなんですけど!」 そこで、ちょっとだけ速度を落としてくれた気がした。 なんだかんだ文句を垂らしながらも、セリカは必死に男の後ろについて行った。 ――きっとそうした先に、安全な場所があると信じて。 _______ |
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