特技 (注:3割ぐらい真面目)
2013 / 05 / 04 ( Sat ) ミスリア・ノイラート
お礼 お願い 人助け ゲズゥ・スディル 一刀両断 いつの間にか隣に現れる 早食い カイルサィート・デューセ 解説 推理? 親切 読破 オルトファキテ・キューナ・サスティワ 馬乗り 嘲笑い 信者増やし アズリ 色仕掛け 着せ替え 突き放し イトゥ=エンキ 気配消し リーダー 山越え |
22.c.
2013 / 05 / 01 ( Wed ) 女は素早くこちらに歩み寄って右腕を伸ばした。 ほっそりとした指が頬に触れる。突然の温かさに、肌が震えた。 文句を言う間も無く、イトゥ=エンキはただ表情を強張らせた。 「ヨンフェ=ジーディ? 何を……」 連れの男が動揺を隠せない様子で問うたが、女はそれには答えなかった。 「これは私の夢か幻に違いないわ」 そう呟いた女の声音も、頬を撫でる指先も、愛しい者に向ける類のものだった。もしや知り合いだったのかと考え、イトゥ=エンキは女の顔をじっくり見直した。 最初にヘーゼルに混じった青だと思っていた瞳が、よく見ればその逆だった。青い色の瞳の中に、瞳孔の周りだけ濃いヘーゼルの輪があった。 キレイに反り返るふさふさの睫毛は髪よりも暗い色で茶に近い。顔は面長でありながら輪郭は柔らかく丸めで、全体的に温和そうな印象を受ける。 「イトゥ=エンキ……生きてたの……?」 女の痛切な呼びかけは、氷水を浴びるよりも強烈に脳に届いた。 ――何でその名を知っている――。問い詰めるつもりが、声が出なかった。 遅れて脳が情報を処理し出したのである。 この女の名前は、ヨンフェ=ジーディ、と言った。 信じがたいが、確認する方法ならある。 彼女の長い髪を手ですくい、その下に現れた形の良い耳の後ろに目をやった。 細やかな黒い模様があった。耳の後ろに始まり、うねうねと蔦のように下に伸び、うなじ辺りで小さく丸まった形。ちょっと朝顔に似てるね、と初めて会った時に言った覚えがある。 (そんなはず無い) 身を引いて、イトゥ=エンキは心の中で現状を否定した。 やっと山と樹海を超えて町に着いて。手がかりを求めに教会を訪ねて、もう何年も経っているから詳しくはわからないと煙に巻かれて。そこから更に町中の人が集まる場所を回って、終いには人の家にまで聞き込みに行って。 それぐらいの苦労をしてもなお、足取りを掴めないだろうと予想していたのに。 「……っ、ごめんなさい……」 泣きながら謝るとその人の顔は、記憶の中の面影と重なった。 イトゥ=エンキが息を止めたのと同時に、視界が暗転した。周囲の場景が闇に呑まれて消えた。 ――ごめんなさい、ごめんなさい。あなたは生きて。お願い……! 声が辺りに響いた。その時自分は、床を注視していた。 足元に浮かんでいた光の窓が閉ざされていくのを認め、心臓が早鐘を打つ。 がこっ、と音がするのと同時に、戸が閉められた。 一切の闇。屋根裏部屋の中の生温く淀んだ空気。 足音が、人の気配が遠ざかる。怖い。独りは怖い――。 声を漏らさないよう、袖ごと手首を噛んだ。強く、強く噛み締めて泣いた。叶わない願いと知っていながら。 ――嫌だ、嫌だよヨン姉。行かないで……置いていかないで……ヨン姉! 戻ってきて―― 肩を掴まれた感覚で、イトゥ=エンキは我に返った。ヨンフェ=ジーディが必死の形相で何かを言っているが、よく聴き取れない。 (ああ、何だ。記憶の再現だったんか) 思い出すまいとあれから何年もかけて封じた記憶が鮮烈に再生されたのは、彼女の涙が引き金だったのだろうか。 何にせよ今起きていることではないのだとわかって、小さく安堵のため息をついた。 「お前が求めていたのは、ソレじゃないのか」 いつの間にか隣に来ていたゲズゥが訊ねた。 「……確かにそうだけど。オレはなー、ヨン姉の墓と対面する覚悟は前々から決めてたけど、こうもイキナリ生身の本人に会う心の準備はできてなかったんだよ」 生身、の言葉を強調しながらイトゥ=エンキは額に掌を当てた。 |
行き場の無いネタ
2013 / 04 / 27 ( Sat ) 「机の下の悪魔」
見た目も頭も身体能力も並以下の、冴えない少女がある日のコンピューターの授業中に消しゴムを落とす。机の下へと身体を曲げた途端、その下の壁からにゅっと顔だけ出した妖精ノームのようにしわくちゃのおっさんが居た。 「なによ、あんた」 内心びびりながらも授業中なので大声は出せない。 「おぬしこそナンダ」 しばらくのにらみ合いの後、ノーム系おっさんはいきなりこう言い出す。 「ぬしの望み叶えてやろうか」 そんなものは無いと言い張る少女。ノームは続けた「あの男がお前を愛するように仕向けてやってもいい」 そう、少女の幼馴染は学年の人気者で誰にでもすぐに愛される文武両道の美少女。そんな彼女のやはり完璧超人のような彼氏に、実は昔から密かに片思いを抱き続けていた少女。 幼馴染を出し抜きたければ取引だ、としつこく薦めるノーム。逃げるように机の上の世界に戻る少女。 しかしある日、少女の身にとんでもないことが起こる。悪魔との契約を受け入れたくなる出来事が――。 続きありません。まったく何も。 ついさっき机の下に落ちたペンを拾った時、コンセントたちと目があったような気がして小声で挨拶しちゃったことがアイデアの始まりです。 こういう、普段の生活にあるのに意識を向けない場所に、秘密があると想像するのは好きです。 ↑この物語の場合は、ノームがどこから来たのかそういうディテールは埋められないことでしょう。想像が広がるようにヒントを出す程度。救いを求めていた心の声とか死のニオイがしたとかそういう理由で主人公を選んだんだと思います。でも今こんな話を書くとしても外部の影響(Hulu.com発信のThe Booth at the Endなどの)が強すぎてオリジナルの物語になれそうにないですけどね。ちょっと「闇は集う」の悪魔エピソード思い出してしまった…。 あるいはコンセントの穴からうじゃうじゃ現れる小人とか魍魎とかどうだろう。なんか怖いというかシュールだな。 |
かこん
2013 / 04 / 24 ( Wed ) 本編だけからでも伝わっているといいな、と思いつつひとこと補足。
イトゥ=エンキはこういう変な豆知識をぽつぽつと持っています。あとは山に詳しい。その他の知識もそれなりにあるけどカイルのようにまんべんなく知っているのではなくあちこちで得たものです。普通の人間社会のマナーに関しては微妙(ゲズゥよりはまとも、程度)。 彼は山賊団とは一線画していたけど仲間に愛着はあったのだと思います。 **蝶のはねアートは実在するもの。アフリカの商人から買いました。 あの日の私は疲れていたので交渉が手抜きで、高額で買い取らされました。 だってほしかったんだもん。あの後あの女が商人仲間に自慢していたのが今でも恨めしい。 写真載せようかな。 |
22.b.
2013 / 04 / 24 ( Wed ) 町の人間に恩を売るのもいいかもな、などと考えながら走る。 人混みを抜ける少年たちの逃げ足はなかなか速かったが、何かと追っ手を気にかけて振り返っているのが敗因だ。一番遅れている少年ひったくり犯が前を向き直った隙を狙って、イトゥ=エンキは鎖を放った。 「うぎゃっ」 情けない声が少年から漏れた。鎖はしっかりと右足首に巻きついて、少年を転ばせた。 「弱いくせに無理すんなよー」 挑発とも受け取れそうなその言葉は、イトゥ=エンキにしてみれば本気の忠告だった。やり遂げる力量が無いくせに無茶をすれば、死に至るだけである。 少年は言い返さずに唸った。「こんなはずじゃ……」みたいなことをひとりごちていたかもしれない。 「まあ、オレの知ったこっちゃねーけどなぁ」 のた打ち回って恨み言を連ねる少年は食に困っている風には見えなかったし、大切な誰かの為に盗みを決心した、といった必死さも無かった。やはり遊び心だったのだろう。 (同情の余地なしってことで) イトゥ=エンキは屈み込んで買い物籠を取り上げ、元の持ち主の姿を探した。ついでに、転がり出た籠の中身を拾い上げて戻す。 ふと前を見上げればゲズゥが地面を蹴っていた。 彼は残る二人のひったくり犯が直線状に並ぶのを狙って、跳び蹴りを決めた。 後方の少年が背中を蹴られて吹っ飛び、前のもう一人に激突した。その瞬間、最初に吹っ飛んだ方がぴたっと止まってぶつけられた二人目が今度は宙を飛んだ。 「運動量保存の法則じゃん」 キャロム・ビリヤード――キューと呼ばれる棒で一個の球を打ち、二個目や三個目の別の球に当てる卓上遊戯――に用いる物理法則と同じだ。ぶつかり合う対象の質量が同等でないと発動しない。つまり、二人の少年たちの体重は同じくらいになる。 イトゥ=エンキは思わず膝を叩いて拍手を送った。といっても、ゲズゥ本人はこのような生きていく上で不要な情報など知らないだろう。 「お疲れ様です。ありがとうございました」 「……疲れていないが」 ミスリアが歩み寄り丁寧に頭を下げると、無機質な声でゲズゥが応じた。 イトゥ=エンキは可笑しさについ噴き出した。 「単なる労わりの挨拶だろ、言葉通りに受け取るなって」 「……」 ゲズゥは踵を返して荷物の方へ戻って行った。去る背中を見守りつつ、イトゥ=エンキはミスリアと顔を見合わせ、肩をすくめる。 「あの、本当にありがとうございました!」 被害者たちも各々礼を言いに来た。金で礼をしたいと提案する者も居たが、ミスリアが頑なにそれを拒んだ。 その間、周囲に集まっていた町人らが自ら少年ひったくり犯の身柄を確保し、役所へ連行している。 三組目の被害者の番になった途端、イトゥ=エンキは「あ」と声を漏らした。自分より背の低い男を見下ろして確認する。 「さっきの結婚しないカップルの」 「はい?」 歩み寄ってきた男が不思議そうな顔をした。 「すれ違いに会話が聴こえたんで」 にっ、とイトゥ=エンキは悪戯っぽく笑った。 「……それはお恥ずかしいところを」察して、誠実そうな男が頭をかいた。「結婚ではなくお付き合いを申し込んでいたのですよ」 それを聞いて、なるほど、とイトゥ=エンキは点頭した。 (しっかし恋愛もいいけど荷物はもっとしっかり持とうぜ) 他人のことなのでどうでもいいが。ある意味、間抜けな人間が居てくれないと盗んで生きなければならない側も苦労する――そう考えかけて、内心苦笑した。ユリャンの連中だったら心配するまでも無いだろう。 「何はともあれ、本当に助かりました。僕たちにできることなら何でもお礼しますよ」 ――この男、軽々しく「何でも」を口にするとは世間知らずな――。答えずにイトゥ=エンキは隣のミスリアを見下ろした。 「では、岸壁の上の教会に行きたいのですが、方向はあちらでよろしいでしょうか?」 前方にそびえ立つ時計塔を指差して、少女が訊ねる。 「はい。それなら、我々は教会の縁者でちょうど向かっていた所です。お客様を迎え入れる予定ですので、晩餐の準備もしています。ぜひご一緒に」 「ありがとうございます」 深々とミスリアが頭を下げた。 「君もそれで構わないね」 男は、それまで空気のように静かに突っ立っていた相方の女に声をかけた。男の一歩後ろに居た女はずっと何か考え込んでいたのか、今までの会話に入って来なかった。 「ええ」 短く返事をし、女は男の隣に並んだ。長く真っ直ぐな蜂蜜色の髪が、ふわふわと風になびく。 「さっきからやけに静かだけど、大丈夫かい」 女の肩に手をかけ、心配そうに男が声をかける。ひったくり騒ぎで怖い思いをしたと懸念しているらしい。 「……そうね、大丈夫」 ヘーゼルに青が混じった色の視線が、痛いくらいにイトゥ=エンキに突き刺さった。何をそんなに凝視してるのかと思えば、左頬に視線が集中している。 「その模様は生まれつきですか?」 囁くような問いだった。 「コレ? そーですケド」 「……嘘でしょう」 イトゥ=エンキが軽い調子で答えると、女は信じられないものを見る目になった。 「や、本当だって。何の言いがかりだ」 初対面の人間がどうしてそんなことを聞いてくるのか不思議でならなかったが、女の次の行動の方が遥かに驚愕を誘うものだった。 |
22.a.
2013 / 04 / 17 ( Wed ) 「何としても僕は! 一生をかけて必ず君を幸せにする。お願いだ、もう一度考え直してくれないか」 「……ごめんなさい……あなたに落ち度があるわけじゃないわ。むしろ私は、あなたが私なんかに時間を費やしてくれてることが心苦しいの」 「何を言っているんだ、君は素敵な女性だよ。時間がどうとか、悲しいコト言わないでくれ」 「あなたを想ってる女性は他にもたくさん居るから、私よりもその子たちのどれかを選んで幸せにしてあげて……」 雑踏の中、イトゥ=エンキは込み入った会話を交わす一組の男女とすれ違った。周りにまったく気を配らずに大声で話す二人を少し振り返って一瞥する。 男の方は中背だが肩が広くがっしりとした体格で、清潔そうなシンプルな色合いのシャツを着ている。女は男の前を歩いているため、蜂蜜色の長い髪以外の後ろ姿は、男の身体に隠れていて見えない。 (こーんな大勢の人間が行き来する場所で、面白い話してんなぁ) イトゥ=エンキは手に持った焼き菓子をぱくっと食んで、もう一度二人を流し見た。男は決して美丈夫と言えるような顔つきではないが、眉の形などから誠実そうな印象を受ける。 (不満があるわけじゃあないのかー。あの断る理由はマジっぽかったし) 男のプロポーズを女が丁重に断り、男が納得していない、というシナリオだろうか。 世の中の女どもがどういう男と結婚したいのかはわからないが、イトゥ=エンキには男は良さそうな物件に見えた。家庭を大事にしつつ、しっかりとした職に就いて真面目に働きそうな、そんなイメージである。 この場合、間違いなく女の方に理由があるのだろう。しかも話しぶりからして、何か問題を抱えていそうだ。 (なんだろーな。身体的欠陥? 泥臭い人間関係? 過去の罪?) 大して意味の無い物思いにふわふわと思考をさまよわせながら、イトゥ=エンキは青空を仰いだ。綿菓子よりも柔らかくて美味しそうな雲がのんびり飛んでいる。 (焼き菓子も甘くてオイシイけど、これじゃあ綿菓子欲しくなるな) 露天商から買った菓子を残らず口に放り込んだ。 実はイトゥ=エンキは子供の頃から大の甘党だったが、残念ながら山賊団の仲間に味の好みの合う仲間は居なかった。 (某オヤジは辛い物としょっぱい物が大好きだったし) その影響か山脈にはなかなか甘い物は出回らなかった。もう他の人間に合わせる必要は無い、と思うと心躍る。 次は何を買ってみようかと大通りに並ぶ露店を見回し、そこでイトゥ=エンキはとある二十歳前後の青年に視線を留めた。長身で黒髪と褐色肌、汚れた身なりに大荷物、などとかなり目立つ容貌だ。道行く人間の誰もが一度は振り返っているというのに、本人は面白いくらいに周りを見向きしない。 そんな上の空な青年の傍では栗色ウェーブ髪の小さな女の子が露天商の商品を見比べていた。肥え気味の若い女が熱心に己の商品の素晴らしさを説いているのを、少女は相槌を打ちながら聞いている。 「蝶の翅(はね)で作った絵模様ですか。色鮮やかで、とても綺麗ですね」 などと少女は微笑むが、口元が引きつっていた。多分、蝶が生きてる時に翅を抜かれたのか死んだ後に抜かれたのか訊きたいけど知りたくない、という心境だと思う。 そうでしょうそうでしょう、どれも珍しい一点物ですよ、と露天商人は熱心に勧める。 逃げるタイミングを計りかねている少女の首根っこを、青年が無言で掴んでは引き上げた。名残惜しそうに肥え気味の女が声をかけるも、青年は全く構わなかった。 (こっちはこっちで、なし崩し的に付き合いそーだな) ミスリアを引き連れたゲズゥが無表情にこちらに向かって来るので、イトゥ=エンキはへらへらと笑っておいた。 二人が互いにそれらしく意識し合う段階に至っていないのは見ていてわかる。だが長い二人旅である以上は、機会はこれからいくらでもあろうというもの。しかもゲズゥの方は一旦目標を定めたら速やかに逃げ場を絶って相手を包囲しながら絆しそうなタイプだ。あくまでイメージに過ぎないが。 (大人しそうに見えて、絶対、攻めまくる側の人間だよな) と、やはり大して意味の無い物思いに耽った。 長年追い求めていた答えがすぐ近くにあるかもしれないのだ。期待が膨らみ過ぎないよう、時間を稼ぎつつ気を紛らわせようとしている。 お遊びもこのくらいにしてそろそろ教会寄ってこうか、と提案しようと思ってイトゥ=エンキは口を開きかけた。 「きゃああ! ひったくりー!」 甲高い悲鳴。 誰かが走り去る時にできる疾風を頬に感じ、イトゥ=エンキはたった今通り過ぎた複数の人影を目で追った。 「おお。集団でひったくりとかあんま見ねーなー。しかもアレ、三人ともガキじゃねーの? 完全に遊び心じゃん」 「何呑気なこと言ってるんですか、捕まえて下さいっ」 と、目の前に立った少女ミスリアが懇願する。 「何で?」 あんなん、盗られる方が間抜けだろ、とは言わなかった。 「何でって……とにかくお願いします!」 今度はゲズゥに向けて懇願している。 「荷物見てろ」 ゲズゥの対応には躊躇が無かった。大荷物を脱ぎ捨て、脱兎もびっくりな速さで走り出している。どう考えてもひったくられた人間を助けたい一心からではない。ミスリアに対する従順さからなのか、それはわからない。 (コイツ、絶対なーんも考えてないな。言われたから素直に動いてみた、ってなノリだ) それとも目の前を通り過ぎた小鳥をつい追いかける猫と同じ心理か。 仕方なく、イトゥ=エンキも後に続いた。 |
21 あとがき
2013 / 04 / 17 ( Wed ) やっと終わりました。
2月から書いてたとかショックすぎる。 更新遅れててホントすいません(汗 おそらく明日も更新します。 それにしてもネタ帳のほとんどが没になるって不思議ですね。思いつく時はあんなに「やった!」感があるのに、いざ繋げてみると繋がらないものです。いつか没ネタも公開してみようかしら。 では続きは例によって読み終わった人向けー |
21.i.
2013 / 04 / 17 ( Wed ) それからゲズゥは何度か地面を蹴って勢いを緩和し、無事に着地した。 辺りが再び静まり返っている。他に敵が居る気配はしない。 振り返れば、エンが暴れ続けるトカゲの胴体を鎖で何重にも縛っていた。 「とりあえずこれで終わったんか? 思ったより呆気ないな」 「終わったと、思いますけど……」 エンの問いかけに、ミスリアは歯切れの悪い返答をした。首の落ちた方向へと、こわごわと歩いている。その背中を追ってゲズゥも歩き出した。 ミスリアはトカゲの首に近づき、4フィートの距離のところでゆっくりしゃがんだ。膝の上に手を揃え、真剣な眼差しで首の動きを凝視している。止まるのを待っているのだろうが、生き物と違って、いつ力尽きるか見当が付けられない。 「止めを刺す」 ゲズゥは大剣を構え直し、「手伝え」とミスリアに目配せした。 察して、ミスリアはそっと右手を剣の先に添えた。銀色の光の帯が剣を包み込む。 しばらくして少女の白い手が離れると、ゲズゥは一歩前へ踏み出た。 いつしかトカゲの首も大人しくなっていた。爬虫類の両目がこちらをひたと見据えている。聖気が近くにあることに、関係があるのかもしれない。どちらにせよ好都合である。 ゲズゥは魔物の脳天に剣を突き刺した。剣先を覆う聖気がじわじわと魔物を粒子に変え、浄化してゆく。その間にミスリアが胴体をも浄化していた。 全てが終わってもミスリアの顔が晴れず、むしろ眉間に皴が寄っているのを、ゲズゥは目の端で捉えた。 何か不自然な点があっただろうかと一部始終を思い返し――魔物らの表面に人面が浮かばなかった事に気付いた。そこでミスリアが立ち上がって静かに話し出した。 「……どうやら人間をもとにしたのではなく、動物をもとにした魍魎だったようです。大昔はそれこそ普通のトビトカゲで……瘴気に当てられて生態が変質し、死体喰らいや共食いをする内に魔物になったのでしょう。ずっと分離と喰らい合いの悪循環を」 魔物の生じる原理について聞いた事があるゲズゥはなんとなく納得し、事情を断片的にしか理解していないエンは考え込むように顔を歪めた。そして現状に関する重要な情報だけに焦点を当てた。 「分離って何だ? じゃあ同じようなのが何匹も居たのは大元からの分身だったってか」 「大元が居たかどうか、そこまではわかりません。分離した後はそれぞれの個体が独立して行動するのだと思いますけど……困りましたね、これでは樹海の中はもしかしたら……」 「似たようなのがまだうじゃうじゃ居るんだろーな」 エンが淡々とその先を告げた。 刹那、誰もが互いの顔を見合わせるだけで次の言葉を発さなかった。 「…………いちいち退治していては日が暮れる」 ゲズゥは己の考えを提示した。 「だよなぁ。そうなったら状況が悪化する一方だし。突っ切るか」 同意しつつもエンは戦闘中に手放した荷物をせっせと片付けだした。それに倣ってミスリアもゲズゥも支度を整える。 またしても慌しく移動せねばならない現状に、ゲズゥは何も思わなかった。どうせこの大陸をうろつく限り、安寧の日々は遠い。 ――そもそも安寧がどんなものであるのか、あまり思い出せない。 村を失って以来、長く平和な日常が続いたためしが無かったからだ。 「なあ、オレ替わってやろうか?」 ふいにエンは手で何かを背負う仕草を真似た。ミスリアの正面に立ちながらも、こちらを見て話している。 「たまには休みたいだろ。あーいや、嬢ちゃんが重いとかそういう話じゃなくてだな」 ミスリアを背負って走る役割を替わろうか、という話らしい。休みたいとは特に思わないが、替わってくれるならそれも良いだろう。 「え、ええ、それはあの、できれば遠慮……させて頂きたく……」 ゲズゥが口を開く前に、当人が何やら恥ずかしそうに頭を振った。 「えー? 遠慮すんなよ、まだ全快じゃないんだろ。それとも……」エンは顎に手を当て、ニヤニヤと口の左端を吊り上げた。「コイツが良くてオレが駄目な訳ね、ほほー。なーんかフラれた気分だな」 「そんな……本当はどっちも嫌……じゃなくて、えーと、ゲズゥの場合は仕方ないと割り切ったのですが、イトゥ=エンキさんにそんな迷惑かけるには心の準備が……」 「ふむふむ」 挙動不審なミスリアに対し、エンは喉を鳴らして笑いを噛み殺している。 結局、普段と変わらずゲズゥがミスリアを抱えて走ることになり、それからは三人は言葉を交わさずに黙々と進んだ。 「道」を探し出しては先へ急ぐ――その繰り返しだった。 魔物に遭遇しても大抵は戦闘に展開させずになんとか逃げ切った。 静寂の中、平常より速まっている己の呼吸音がよく聴こえる。エンも息が上がって、たまに立ち止まっては顔に浮かんだ汗を服で拭っている。 二、三度休憩を挟んではいるが、もう一時間近く走り回っている気がする。出口に近づけている感覚が全く無かった。 「あと少しのはずです」 少女の吐息が、ゲズゥの黒髪に降りかかった。 ゲズゥは返事の代わりにただ頷いた。ミスリアが指差す次の方向へ、走り出す。 「……イトゥ=エンキさん」 ふとミスリアが呟いた。 「ん?」 「貴方が探しているのってどんな人ですか?」 「あー……」 考えをまとめようとエンが唸る。 「姉だよ。長い蜂蜜色の髪で、はにかんだ笑顔が可愛い感じの」ふう、と一度空に向けてため息をついてから、エンは話を続けた。「岸壁の上の教会のコトを、自分にとって一番安らぐ聖域だって言ってた。だから別れた後、あそこなら何か手がかりがあるかもってオレは考えたんだ」 「お姉さまは、教会に行った事が?」 「行った事あるっつーか――」 答える途中で、エンは口をつぐんだ。正面を向き直り、何かに耳を澄ませている風だった。 ゲズゥも耳を澄ませてみた。 微かに、長く伸びた音が聴こえる。よく聴き慣れた規則的な響き。最初は一つしか聴こえなかった音が、意識してしまえば重奏になった。 蝉だ。 生き物の気配が希薄だった樹海の中に、新たな空気が吹き込まれる錯覚がした。淀んだ瘴気に混じって生命と緑の香りが鼻腔に届く。 無意識にゲズゥはペースを上げて走った。すぐ後ろにエンがついている。 境界が近い。闇が解けてゆく―― ぶわっと暖気が身体を包んだ。樹海の中の空気とは違う、正常な夏の風そのものだ。 晴れ渡った空に目を眇める。時刻はいつの間にか正午近くになっていた。 坂下に広がる町は白と黒と灰色の建物が多く、その上空にはカモメが飛んでいた。町は全体的に明るい雰囲気を発し、しかもかなり発展しているように見える。建築物のどれもが手の込んだ芸術品並に凝った外観をしている。 市場や行商は賑わい、人々の表情は遠くから見ても楽しそうである。野菜売り場で、子連れの母が猛然と値切っている以外には。 まるでゲズゥらを待ち受けていたかのように、ちょうどその時に時計塔が鳴り出した。重厚な音が蝉の声すらかき消す。 視界の一番奥、つまり此処から最も遠い位置の建物からだった。 「今の四つの音の短い旋律は……四十五分って事ですね。あれが教会でしょうか」 ミスリアの問いに答えずに、ゲズゥは目を凝らした。確かに時計塔は単独に建っているのではなく何かの建物にくっついている。 「時計塔が町の中心でなく端にあるのは教会に付いているからかもしれません」 さあ、とゲズゥは少女を腕の中から下ろした。 「でもそれより、無事に着きましたね」 「……ああ」 嬉しそうに話すミスリアに、ゲズゥは頷いた。 これでまだ「最初の巡礼地」だというのだから、これからも当分旅が続くのかと想像して、ゲズゥはなんともいえない心持になった。ミスリアの旅が終わった暁には自分がどうなるのかなど、まだ考えなくていいはず――。 「イトゥ=エンキさん?」 ミスリアの声で気付き、ゲズゥもエンの方を振り返った。 左頬に複雑な模様がある男からは返事が無かった。奴は呆然と町を見下ろすばかりである。 「大丈夫ですか?」 「……あー、うん」 再度の呼びかけに、エンは瞬きをして応え、一度深呼吸をしてから次の言葉を搾り出した。 「話には聞いてたけどちゃんと見てみるとスゲーなあ。や、そんなことより、やっとだ。やっと、ヨン姉の好きな教会に行って、手がかりを探せる。十五年は長かったぜ」 黒い模様が徐々に触手を伸ばしてエンの笑顔を侵食した。抑えきれない程の喜びがあるのか、それとも単にもう感情を抑えるのを止めようと決めたのか。 もしかしたらその現象を初めて目にするかもしれないミスリアは、目を丸くして彼を見つめていた。 「よかったな」 一言、ゲズゥはそう言った。本心からだった。 「おうよ。行こうぜ」 そうして三人、坂を下りた。 |
金曜日は
2013 / 04 / 13 ( Sat ) |
贈り物絵
2013 / 04 / 08 ( Mon ) |
21.h. の失敗
2013 / 04 / 05 ( Fri ) 素数がPrime number のことだと知らなかったのは私です。
自然数と勘違いしました。 記憶違いの勘違いで疑う(=調べる)すらなく。 えびにマジボケですか? と訊かれて何のことかわからなかったよ。 恥ずかしすぎぃいいいい ちょっと身投げしてくるぅううううううう |
21.h.
2013 / 04 / 04 ( Thu ) 「……――大体こんな感じで行く。あんま時間取られねーようにさっさと片付けようぜ」 イトゥ=エンキが再度の説明を終えて、ゲズゥとミスリアはそれぞれ賛同の意を示した。 二人から少しだけ離れて、ミスリアは仁王立ちに構えた。 頭上に居るナニカは飛び回るのを止めているが、仕切りなしに木の葉を揺らしている。樹の幹を上下に移動しているのかもしれない。 「では、始めます」 要領は、普段の聖気の扱いとそう変わらなかった。アミュレットに触れ、聖獣と神々へ通じる力を感じ、それを掌を通して形にしていく。ただ一つ違うのは、そう、その「形」である。 いつものイメージ――靄のよう膨らませたり、帯を重ねて何かを包んだり――と違って、針の形を作って天へ伸ばす。船にとっての灯台がそうであるように、魔物らの目指すべき目標となる。 淡い黄金色の光が右手の掌から垂直に伸びた。 そうして訪れたしじまに、全身が凍りつくようだった。無意識に、ミスリアは数え始める。 一、二、三、四、…………十秒。二十秒。三十秒。 静寂が絶えない。額に浮かんだ脂汗が湿気によるものなのか緊張によるものなのか、わからなかった。 ミスリアは四十秒まで数え、そして――。 木の葉が擦れ合う音がした直後、視界がゲズゥの背中によって遮られた。彼は前方から飛び掛ってきた影を大剣で真っ二つに切り裂き、紫色の血飛沫を弾けさせた。 ミスリアは安堵のため息をつきかけて、しかし違和感が胸の中に広がった。 (こんなに小さいはずがない) 切り裂かれた魔物は人間の子供とそう変わらない大きさだった。遥か頭上を跳んでいた個体はもっと、少なくとも成人男性よりは大きいように見えた。遠くから見てその大きさのモノが、近くで見てもっと小柄になるなんてあり得ない。 じゃら、と鎖が動く音がした。左の方で、イトゥ=エンキがまた別の小柄なトビトカゲを捕らえていた。彼は鎖を引き――捕らわれたトカゲを、滑空していた別の個体にぶつけて二体とも倒した。 (これで三匹だけど、まだ一番大きいのが現れてないわ) 倒れたトカゲたちを浄化しつつ、ミスリアは警戒を解かなかった。ゲズゥもイトゥ=エンキも、武器を構えて待っている。 (必ず来る) 気力が削られるので針の形をした聖気はもう閉じているけれど、浄化に使っている分だけでも十分引き寄せられる。ミスリアは銀色の素粒子に包まれながら、静かに待った。 「右!」 突如、鋭く叫んだのはイトゥ=エンキだ。 言われた方向へ頭を巡らせた。 真っ直ぐに、ミスリアめがけて巨大なトビトカゲが滑空している。間近で見ると、声も出なくなる大きさだ。 跳んで間に入ったゲズゥが、舌打ちするのが聴こえた。 _______ 不公平、の言葉が浮かんだ。 牙に四肢の鉤爪に長い尾に、長くて素早い舌。どれをも一斉に繰り出せる奴に比べて、ゲズゥは一度に一つの攻撃しかできない。それは自身がなるべく一つの行動に集中したい性分に起因している訳だが――剣と盾を持ち合わせたり二刀流や複数同時投擲ができる人間になりたいと考えた事は無い――それにしても、面倒臭い。 特にあの舌は、触れたらまずい。根拠は無いが予感はする。 横か背後に回ろうにも、タイミングが図りづらい。その間ミスリアを無防備にするのも得策と言えなかった。 ゲズゥは視界の端で何やら動いているエンの姿を確認し、そちらの動きに期待することに決めた。 青白く光る化け物との距離は、どんどん縮まっていった。 開かれた顎の中から、棘に覆われた赤い舌が現れた。 長い舌が伸びてきたが、ゲズゥはその軌道を見極めて避けた。すかさず剣を払ったが、奴の尾が防御に入り、腹を斬るには至らなかった。代わりに、尾の先端1フィートほどを切り落とした。 次の反撃のチャンスを狙う為、鉤爪からの攻撃を喰らう覚悟を決めて、ゲズゥは逃げずにその場に踏み止まった。 が、横から鼠色が入り込み、トビトカゲの肩口に巻きついた。エンの鎖だ。 ――これは使える。 次に起きるはずの展開を待って、ゲズゥは剣を構えなおした。腰を落とし、跳ぶ準備をする。 魔物は怒りと痛みの金切り声を上げた。首を後ろに反らせ、太い喉を晒しながら。 その隙にゲズゥは跳び上がり、回転の勢いを利用して、剣を振るった。 トカゲの首が飛んだ。 濃い緑色の光沢を放つソレは近くの樹にぶつかっては紫色の跡を残し、落ちた。 |
ぽそり…
2013 / 04 / 02 ( Tue ) ウェブ小説界の異世界トリップ・転生・クロスオーバー ブームは一体いつ過ぎるのだろうか…。
私も昔は書いたり読んだりするのが好きだったけど、最近多すぎておなかいっぱい。たまに突き抜けて面白いのあるけど。 そもそも私がウェブ小説界をうろつきすぎているだけだろうか?(なろう!がいい例) だって読みやすいし無料なんだもの…。 アイデアが被りすぎて飽きるほどに。 たまにはプロ作品に戻るかー。ストーリーテリングの技を磨くためにも。 ちなみに今読んでるのはReliquaryというSFスリラーもの。早く続きが読みたくなるこの書き方…見習わねば…しかしなかなか読む時間がない… 次回更新は明日か明後日目指します |
剣と魔法の世界★ 考察
2013 / 03 / 30 ( Sat ) 検索カテゴリで見て、果たしてミスリアはどうなのだろうと考えてみました。 ある意味、剣と魔法の世界なのか? 剣。 一応主役その2は剣使いである。 が、宝剣など特別な剣ではないし、今後もその類のものは登場しない。 ゲズゥ以外に剣を使ったキャラは登場している(シューリマ、カイルなど) 魔法。 「魔法」と呼ばれる概念は存在しないが聖気の扱いはそれに近いかもしれない。 「魔術」と呼ばれる存在は無いが「術」と呼ばれる力はある。 前提が(神々へ通じる力)違うので魔法と呼んでませんが、まあある程度は魔法? では更に突き詰めて…… 使用可能な術―― 1.聖気の展開 (聖人・聖女以上が使える) A.怪我・病気など、生物の治癒 B.浄化 (魔物・魍魎・霊魂など) 2.空間への作用 A.結界 (道具と知識があれば神職の人間誰にもできる) B.封印 (使えるのは枢機卿以上のみ) 3.秘術 すべてが謎に包まれている、古代から存在する特殊な術の集大成。 聖獣信仰統一後からはヴィールヴ=ハイス教団での枢機卿以上しか使えないとされている。 結論: わからん! これで剣と魔法の世界と呼んでいいのかわからん! (これといって目指してないけど) 意見求む。 |
21.g.
2013 / 03 / 27 ( Wed ) 唾を飲み込み、腹部に広がる不快感を抑えつけた。 柔らかい苔の下に感じた硬さを、石か木の根かと当然のように思っていた。まさか、骸骨があろうとは。 「まあ、そういうことだか……」 返事半ばに、イトゥ=エンキが急に黙り込む。 ――びゅぅうん。 風を切る大きな音と共に、物影が彼の面を過ぎったのである。 数秒後に、何かが樹にぶつかる音がした。 思わずミスリアは頭上を見回した。音を立てたであろう存在が見当たらない。 更に数秒の間、誰も微動だにしなかった。 無意識に堪えていた吐息を放した瞬間、また物影が過ぎり、今度は確信できた。 巨大な何かが樹と樹の間を跳び伝っている。それも、急いでいるのではなく―― もう一度、影がゆっくりと上空を通り過ぎた。滑空、しているのだ。原理はムササビの動き方に似ていた。 状況を思えば魔物であることが最も可能性が高い。その場合、囚われた魂を救ってやりたいけど、自分一人の力で成し遂げられるとは思えない。 ミスリアは残る二人に視線を移し、彼らの発言を待った。 「トビトカゲ」 上方を見上げたまま、ゲズゥが一言告げた。 「って、南東の暑いとこに住む、樹から樹へ跳びながら蟻を食べるトカゲのことか? 膜のついた肋骨を広げたり畳んだりできて……でもこーんな大きさだよな」 イトゥ=エンキは広げた右手を左手で指した。指の長い彼がそうしていると、親指の先から小指まで6~8インチはある。 「ああ。俺が見たことある一番大きいのもせいぜいこんなだった」 人間の赤ん坊程の長さを、ゲズゥは両手を使って表現した。 小型爬虫類にしてはそれなりの長さだが、それでも今飛び回っている物影の大きさには遠く及ばない。 「突然変異か、魔物か。生来のトビトカゲなら、雌が卵を産む時以外は樹の上から降りて来ない、ってどっかの本で読んだぜ。命を預けるには些か頼りない情報かな」 ガサッ、という音と共に、また影が動いた。遥か上空を滑空していて、今のところは降りて来る気配が無い。 「走って逃げてみますか……? 下手すると樹海の中で迷いそうですが」 「背を向けるのは避けたい。でも逆にアレがすぐに降りて来なかったら、オレらはこっから動けないぜ。アレが襲ってくれないと、降下してくれないと、こっちにも反撃のチャンスが無い」 あんな高さまで行ける飛び道具も無いからな、とイトゥ=エンキは付け加えた。ミスリアは一瞬だけ顔を伏せ、次いである方法に思い至った。 「では、聖気でおびき寄せられないかどうか試してみましょうか」 ミスリアの提案に、イトゥ=エンキは「なんだそれ」と首を傾げ、ゲズゥが片眉を吊り上げた。 「……二つ、訊く。それが本当に可能なのか。それと、敵が一匹だけで間違いないのか」 「可能です。数に関しては、そこまではわかりません。でも魔物で間違いないなら、近くに居る全ての個体が引き寄せられるはずです」 ゲズゥの問いに、ミスリアは順を追って答えた。彼が姿を見せていない敵にまで気を回すのは、山羊と羊の魔物を相手にした時の失敗を思い出しているからだろうか。 (遠くからも来るかもしれないけど……加減すれば、きっと大丈夫) ――と、その点だけは言わずにいた。 「やってみようぜ。詳しい説明は省いてくれていい。化け物相手に深く考えるこっちゃねーよな、倒すのが先だ」 イトゥ=エンキはそう言って荷物を下ろしている。 その言葉に、ミスリアははっとした。心のどこかで、相手と「対話してみたい」という願望があったのだと知る。 ミスリアは目を瞑った。割り切れ、と何度も自分に言い聞かせる。対話はできなくても、浄化してあげれば十分のはずだ。対話して死者の事情を知りたいのは、覚えてあげたいと思うのは、ほとんど生きている側の自己満足である。 (それでもそうしてあげることで誰かが救われることだってある、けど) 結果として三人分の命を危険に晒す選択になりうる。既に一生を終えている他人と、現在傍に居る生きた人間とを、天秤にかけたら――。 急に手首を掴まれ、ミスリアは飛び上がった。 ゲズゥが、いつもの無表情でこちらを見下ろしている。 「あれ、嬢ちゃん聞いてなかったんか? じゃーもっかい」 「すみません」 今度はちゃんと、手筈を説明するイトゥ=エンキの声に耳を傾けた。 |