22.d.
2013 / 05 / 07 ( Tue )
 動揺に反応して紋様が広がっていくのがわかる。向かい合っているヨンフェ=ジーディも同じで、彼女の場合は顔の右半分と首周りに黒い模様が広がっている。元々彼女の紋様はイトゥ=エンキのそれと比べて感情の起伏に影響されにくく、それ以上は広まらなかった。

 やがて連れの男がそっと近付き、ヨンフェ=ジーディを引き剥がしてくれた。「落ち着いて」と優しく声をかけながら。

「積もる話もあるだろうから、教会に着いてからまたゆっくり続きを話そう」
 男の提案に、彼女は目元を拭いながら頷いた。イトゥ=エンキは心の中で男に感謝する。野次馬の注目がそろそろウザかった。
「では行きましょうか。僕のことはラノグと呼んで下さい」
 こちらに向かって男が手を伸ばし、握手を求めた。

 握りたくは無かったが、拒絶する訳にも行かなかった。ここはミスリアに代表してもらおうと考え、イトゥ=エンキはくるっと身を翻して少女の右手を取った。仲介人の真似事で、横に立って二人を握手させる。
 ミスリアは驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みで対応した。

「ミスリア・ノイラートと申します。よろしくお願いします」
 心底嬉しそうな笑顔だった。何がそんなに嬉しいのか謎だ。
 こちらを一瞥したミスリアの茶色の大きな瞳には、「よかったですね」或いは「おめでとうございます」と書いてあった。ああ、それが嬉しいのか。

(良かったけど。素直に喜べねーし)
 と、イトゥ=エンキは作り笑いの下で苦々しく思った。

_______

 ゲズゥ・スディルは色の付いた窓を眺める内に既視感を覚えていた。少し後退って、縦長の窓をもう一度眺めると、それが一つの絵画のようになっているのだとわかった。
 ここが教会の聖堂という場所なら、絵は聖獣を描いているのだろう。

 ――そうか。林の中の教会も、聖獣の絵を飾っていた。
 あの時も静寂の中で宗教画を眺めていたのだった。

 印象派めいたあの天井の絵と違って、この窓の絵はもう少しはっきりとしていた。
 翼の生えたサンショウウオが野原に降り立っているように見える。ゲズゥは首を傾げ、聖獣はこういう姿なのか、と不思議に思った。

 ふいに入り口の扉が開き、長身の男がするりと入り込んできた。風呂に入って着替えたためか先刻よりも身なりはきちんとしている。黒髪を頭の後ろに結び、服は教会の人間が用意した無地の物で、小麦色の肌に合っている。腰に巻かれた太い鎖さえ無ければ、そこらの町人の群れの中に溶け込めるかもしれない。

「ステンドグラスか」
 エンはゲズゥが見ていた着色ガラスへと視線を向けた。聖獣の絵を一瞥してから、興味をなくし、どこからか小型の煙管を取り出した。
「教会って禁煙だっけか? ……まあどっちでもいいや」
 などと自問自答してから火を着けた。ふう、と灰色の煙を吐く。

「晩餐とか冗談じゃねーよ。堅苦しーんだよ。ガキの頃ならともかく……オレは頭の商談にだって参加したくなかった系だ」
 他に誰も居ない聖堂の中で、エンはぶつぶつと文句を垂れ始めた。ポケットに片手を突っ込み、煙管をゲズゥにも差し出した。

「意外だな。お前は社交性が高いと思っていたが」
 差し出された煙管を受け取り、ゲズゥも吸っては煙を吐いた。
 夕刻に近い今、教会の人間は特別な客とやらを迎える準備に奔走している。それが誰であるのかまでは聞いていないし、興味も無いが。既に巻き込まれたミスリアを放って、ゲズゥは掃除も済んでちょうど無人となっていた聖堂に逃げた。

 エンは姉によって巻き込まれたのかと思っていたら、こいつも上手いこと逃げたらしい。
 
「まあ、普通はな。でもヨン姉が居ると、どういう顔すればいいのかわかんないんだよ。起き上がれない度に麦粥を匙で食べさせてくれた人相手に、今更カッコつけられっか。年中同じ顔のお前には関係ない悩みかもだけど」

「……ああ」
 ゲズゥは煙管を返した。この男が、済ました顔を演じていられないほど精神的な余裕を奪われるなど。それだけ、家族は特別だということだろう。
 一つため息ついて、エンは広い聖堂の奥の方へ歩き出した。ステンドグラスの窓の前に演壇が置かれ、窓を挟む垂れ幕には、例の十字に似た象徴がそれぞれ描かれている。

「聖獣信仰の教えって何だっけか。善事に励めば天に昇れる、聖獣が蘇れば世界が美しくなる、って親が言ってたよーな」
 ゲズゥはゆっくり首肯した。
「……多分、ミスリアも似たようなことを言っていた。それと、罪人などが死ねば魔物になると」
 これだけは公にされていない情報だとも言っていた気がする。

「うげー、めんどくさそう」
 嫌そうな顔をしてはいるものの、エンの反応に深刻さは無かった。
「生きている内に全部償えば救われるらしいが」
 これも受け売りであった。

「曖昧だなぁ。人殺した罪とかは、生き返らせられないんだからどうやったら償い切れるか基準がわからないじゃん。誰かが上から見てて、たくさん良い事したんだからこのくらいでちょうどいい、って決めるのか?」

「――決定を下すのが『誰か』であると、そう考えられますか?」
 背後からした澄んだ声に、二人は振り返った。

 小柄な人間が通路の真ん中にちょこんと佇んでいた。長い黄金色の髪と、空よりも鮮やかな青い瞳が目立った。肌色は血管が透けそうなほど白い。喉仏からして男であるようだが、声が高めだ。幾重にも重なる刺繍の施された白装束が包む身体は、男にしては異様に華奢だった。

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23:39:24 | 小説 | コメント(1) | page top↑
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コメント
--ぱつきん--

金髪青目キャラは「ミスリア」ではお初ですね。金髪だけならシューちゃんが初でしたが。

「華奢な男」キャラもお初でしょうか。マッチョ、細マッチョ、肩広、中肉中背、などが多いのは100%作者の趣味です。細い男は嫌いじゃないんですけどね。

ストレートロン毛が増えてきました。やったね!
by: 甲姫 * 2013/05/07 23:53 * [ 編集] | page top↑
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