八 - g.
2017 / 08 / 14 ( Mon )
「末子相続と言っても線引きは必要だ。ハティルが誕生してから六年、大公世子として即位式が行われ、世に披露されるはずだった前日に……予定よりも二週間早く、アダレムが産まれた」
 視界の端に動きがあった。畳んで重ねられていた服――借り物のチュニック以外は使い回しだ――が減っていく。

「迷うべきではなかった。あのままハティルを世子にするべきだった。だが父上は新たな『末子』の成長をしばらく見守りたいと言い出した」
 しばしの間があった。衣擦れの音が、間を埋める。
「こう言っては聞こえが悪いが、父上は自分に似た子供を贔屓する傾向にある。アスト兄上よりはベネ兄上、ハティルよりはアダレムだ。年を重ねるほどに、アダレムが後継者に選ばれるであろうことが明らかになった」

「末子相続の伝統にも則っているしね」
「それもある。ただ、比較対象がいけなかった――三歳で字の読み書きを身に付けたハティルに比べると、アダレムは未だ遊び盛りの普通の子供だ。現時点でどっちが大公により相応しいのか向いているのか、論じても無駄だとは思うが」

「……公宮内で対立が生じるだけの材料があったってわけ」
「誰がどの公子を担ぎ上げたいかに、利己的な理由も混じっているだろう」
 なんてことのない、よくある話だった。あらましを聞いただけでもセリカは嫌気がさしていたが、まだ肝心な部分が語られていないことに気付く。
 これらの問題がエランとどう関係しているのか、である。

「正式に世子が立てられれば大抵の人間は反意を表せなくなるが、知っての通りの状況だ。そこで、大公世子が空席のまま大公が逝去した場合……成人している公子の内、最も継承順位が高い者が即位することになる」
 一通り衣服を着終わったらしいエランが、正面に回ってきた。
 セリカは無表情な青年をぼんやりと見上げて考え込む。
 成人している公子は上からベネフォーリ、アストファン、ウドゥアル、そして。

『ヌンディーク公国第五公子、エランディーク・ユオンです。公位継承権は、三位となります』
 あの夜の自己紹介でエランはそう言っていた。つまり――
「…………あんたじゃないの」

「そうだ。アダレム、ハティルに続いて、私は継承順位が高い。忌々しいことにな」
 彼は心底嫌そうに顔を歪めてみせた。
「で、でも、あんたを消しても繰り上がりでウドゥアル公子が即位するだけじゃないの?」

「そうでもない。死が確認されていない『失踪』であれば、大公は空席のまま、その間に政が回るように複数人で代理が立てられる。期限は三年だ」
「三年経ったら死亡宣告されて、結局ウドゥアル公子が即位するんじゃ」
 頭を捻っているセリカの前でエランがしゃがんだ。じっと見つめる青灰色の瞳に、心臓が勝手に高く鳴る。

「ハティルは、十二歳だ」
「……!」
 合点がいった。この大陸では一般的に女児は十四歳、男児は十五歳からが成人である。
 三年後にハティルが「成人している公子」の筆頭となれば、事情は大きく変わってしまう。

「何もせずに機を待ちながら、ほとんど諦めていたはずだった。それが幸か不幸か条件が揃ってしまった。こうなっては、病床の父が息絶えるのを待つまでもない」
「暗殺を仕掛けるかもしれないってこと……!? えーと、待って、ハティル公子を利用したいのは第二公子? の、一派……?」
 セリカは無意識に腰を上げ、その場をうろうろした。

「どうだか。ハティルは謀(たばか)られるような奴じゃない。首謀者側だろう」
「でもあの朝あんたの居場所を訊いた時、本当に何も知らないみたいだったわ」
「私を牢に投げ込んだのは間違いなくアスト兄上だ。共謀していても、いつ行動に移すかを細かく打ち合わせてなかったと考えられる」
 セリカはふいに立ち止まった。

「……標的にされてるっていうのに、冷静ね」
「公家の世界はそういう奴らばかりだとわかっていた。別に、嘆くほどでもない」
 それが現実だとしても、セリカは彼の代わりに一抹の寂しさを覚えた。改めて今代(こんだい)のゼテミアン大公家がいかに平和であったのかを思わせられる。

「きょうだいを嫌うのに深い理由なんていらない。自分の方が優秀なのに選ばれないことに納得できないのも、自然な流れだ。ただ……」
 エランは初めてそこで言葉を濁らせた。
「あいつが本心からこの国を愛し、国の未来を想っているのも知っている。誤る前に止めてやりたい。血族殺しの罪を犯した君主は、いずれ歪んでしまう――というのは私の見解に過ぎないが」

「言いたいことは、わかるわ」
「それにアスト兄上が関わっている以上、流れる血はきっと私と父上に留まらない。刹那的というべきか、後先を考えないで欲望や衝動だけで妙な方向に踏み出す人だ。だからこそ扱いやすいとハティルも考えたかもしれないが」
「一年は都に帰ってないのに、よくそこまで気付けるわね」

「きな臭さに敏感なのは保身の為だ。根が実直・善良なベネ兄上と違って、私は誰も信用しない。人は皆まずは敵だと思うことにしてる」
「それが賢明かもね」
 けれど誰も信用しないと明言している割には、こうして出会って数日の人間に頭の中身を語ってくれている。心の距離が縮んだ証のようで、セリカはこっそり嬉しくなった。



前に使っていた「公太子」表記を「大公世子」に改めました。

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