八 - h.
2017 / 08 / 17 ( Thu )
「回り出した歯車を止められるかはわからない。やれるだけのことをやってみる」
「うん」
「幾つかの条件を四、五ほど満たせれば、流れは止まるはずだ」
 エランは一拍挟んで、再び口を開いた。

「どれかは、お前に手伝ってもらうことになるだろう。頼めるか」
「……やってやろうじゃないのよ」
 何をやらされるのかまだわからないのも要因だが、セリカは相変わらず「任せて」と言い切れない。
(自信も何もあったもんじゃないけど……)
 不安を抱えたまま走り抜けることはできる。そういう意思表示として、拳を握って見せた。
 その拳に一度視線を落としてからエランは、微かに笑って顔を上げた。

「お前は、いい女だな」
 ――急に何を言うのかと思えば。真っすぐな目で褒められては、こそばゆい。
 セリカはチラチラと目線を合わせたり外したりしながら答える。
「ありがと。あんたも、いい男だと思うわよ」
「そうか。なら、似合いだ」

「…………そうね」
 極めつけに青年は、爽やかな笑顔を浮かべているではないか。気恥ずかしさから逃れたくて思わず同意を言葉にしたが、それはそれで恥ずかしい。
 髪を指で梳きながら、話題を変えるとっかかりを探した。目に入ったのは、丈の長すぎるチュニックだった。

「それ、邪魔そうね」
「タバンヌスが数年前に着ていたものでも大分布が余るな」
「結んであげようか」
 ちょうどセリカの手元に髪紐があった。自身の髪はまだ乾かしていたいので、結わないつもりだ。
 その紐は人の腰を一周できるくらいに長い。じゃあ頼む、と言ってエランは緩慢に両腕を持ち上げた。

 彼の背中側に立って、紐を緩く巻いた。それを境目に、腹や腰周りから裾を引き上げて折り返す。
 小刻みな振動が指先に伝わった。そうか脇腹も弱点か、とセリカはほくそ笑む。

「さっきの話だが」
 息を整えたらしいエランが、沈黙を破った。
「え?」
「足手まといだとか、個人では価値が無いとか」
「あ……まあ、うん」

「とんだ思い違いだな。お前は誰にも物怖じしなくて、勇敢だ。聡明で情に厚い。更に挙げるなら……いつもいい匂いがするし、柔らかいし、抱いて眠ったら気持ち良さそう――」
「なっ! に、を真顔で抜かすのか、この男は! ていうか最後のは別にあたしじゃなくても、他にも当てはまる人がいるでしょ!?」

 勢いに任せて紐をぐっと締めた。ぐえっ、と呻き声が上がった。
 ――柔らかいってナニ!?
 人の感触を、いつの間にか確かめていたというのか。負ぶってもらった時など、心当たりが無いわけでもないが。

「ひとつずつの性質は、他の誰かからも見つけられるだろう。だが全部揃っていて、尚且つここまで私を気にかけてくれる娘は、なかなかいない」
 そう言われてしまうと否定できない。セリカは結び目を作る手をつい止めてしまう。
 それに、と続けてエランが振り返る。青い耳飾りの涼やかな硬さが鼻先をかすった。

「大好きと言ってくれるのも……私の為に大の男を締め落としてくれる女も、大陸中を探してもきっとセリカだけだ」
「し、締め落とすって、あの時!? 意識あったの」
「途切れ途切れにだ。何の記憶かは、後から思い出した」
 あの必死な命のやり取りを目撃されていたのかと思うと複雑な気持ちになるが、今のセリカには、それ以上に気になる事項があった。

「顔、近いんですけど」
 怯むまいと気を張りながらも、訴える声は僅かに震えた。
「近付けているからな」
 率直すぎる答えだった。反論したいのにこれではしようがない。
 青年の輪郭が月明りを遮っているため、視界が暗い。それでも、表情の動きを感じ取れるくらいには、近い。

「お前が自分で自分の魅力を見出せなくても、私にははっきり見えている。だから安心しろ」
 素直に「はい」と応じられないのは、照れ臭さゆえか。単に動けないだけなのか。
 その笑みは、見る者を魅了する類のものだった。そういう意図の下に、あるものだ。
 見事に術中にはまっている気がして悔しいが、同時に酔わされているような心地良さがある。頭の奥が甘く痺れる。

「紐、結び終わったか?」
 色気の欠片も無い台詞も、こう至近距離で発せられては吐息がかかってしまう。湿った熱が皮膚を撫でる。唇、を。
 どうにかセリカは平常心を取り戻して指を動かす。
 手を放すと、エランは数歩離れてからタガが外れたように笑い出した。それは脇腹のくすぐったさを堪えていた反動か、こちらの反応を面白がってのことか――後者のような気がしてならない。

「やっぱり紐返して。あんたも締め落とされたいみたいね」
 ずい、と掌を差し出す。
「怒るな。約束は守っただろう」
「約束って、『許可なく触るな』ってやつ? そんなもん、吐息が触れたからアウトよ!」

「そう言うなって」
 また笑い出している。なんとなく腹立たしい。二、三発叩いてやろうと思って追いかけたら、向こうもなんとなく逃げ出す。
 こうして追いかけっこをしながら帰路を辿った。

(いい年した男女がこんな時間に何をやってるんだか)
 呆れ半分、楽しさ半分。
(さも当然のように遊び相手になってくれてるなぁ)
 ふと、遠乗りの約束を思い返す。共に過ごせるはずの未来を――

 ――考えさせてくれ、と彼は答えた。
 明日になって、たとえどのような結論が言い渡されたとしても。
 出会う以前にはもう戻れないのだと、セリカは静かに悟っていた。



八話は終わりだよ(・∀・)!
どう、爆発しそう!? セクハラ発言! いろんな意味で作者のメンタルは限界だよ☆彡

今回エラン視点長引かせちゃっていいのか感はあるけど、まあそういう自問自答は後回しにします。
笑い転げる系男子が新鮮です。拓真久也はともかく、ゲズゥは大笑いとかしないタイプでしたから…。

では九話でお会いしましょう!

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