五 - c.
2017 / 05 / 09 ( Tue ) 「カーネリアンとガーネットも似合ってはいるが」
青灰色の瞳が見つめる先は、セリカの首の下から胸元を飾る豪華な装飾品だった。 「これは大公陛下からいただいたものよ?」 ゴブレットを卓に下ろし、首下に連なる宝石を無意識に撫でる。ケチをつけられようにもセリカの好みとは無関係なのだ、との無音の抗弁のつもりだった。 青年の表情が瞬時にむすっとなる。 「その父上の見立てが、いまいちだと言っている」 「そんなこと知らないわ。何であんたが眉間に皺を寄せるわけ」 文句があるなら本人に申し立てればいいでしょ――とは言わない。父と子を隔てる身分という壁が、分厚いのはわかっていた。 青年が顎先のちょっとした髭を撫でて返事を組み立てる間、セリカは一度手放した果実酒の容器を再び持ち上げた。 液体の表面から立ち上るクローブの香りが、鼻孔をくすぐる。それから果実の甘さ、酸っぱさ、包み込むように濃厚な味わいが、かわるがわる舌を撫でていった。 想像以上に強い酒だ。ツンとした刺激が脳髄に走り、意識を揺さぶった。 「父上はお前の肌と瞳の色と合わせたつもりだろうが、私に言わせてみれば、安易な選択だな。赤い髪に大量の赤を添えれば、さすがにくどい」 「陛下はあたしの髪色を知らないんでしょ」 なんとなく大公を庇うような反論をする。 「知ろうとしない、の間違いだろう。下女に訊けば済む話だ」 「だから何であんたが不服そうなのよ」 要領を得ない応酬にセリカはしびれを切らした。責め立てるようにしてゴブレットを向ける。 その仕草をどう受け取ったのか、青年は己のゴブレットからぐいっと豪快に酒を一飲みした。更に短く息を吐いて、答えた。 「――もったいないからだ。カヤナイト……ラピスでもいいな。青と緑を使ったほっそりとした型のペンダントの方が、きっとお前の美しさを際立たせる」 静かな声が、頭の中で反響する。 さぞや呆気に取られた顔をしていることだろう。不意を突かれて、次の言葉がなかなか出て来なかった。 (あたしの何をなんだって……?) 礼儀も忘れて公子の横顔をまじまじと見つめるが、先の発言を掘り下げて欲しいと願い出るべきか決めかねている間に、彼はひとりでに話を続けた。 「モスアゲートは調和と自己表現を象徴する。ものによっては白地の内に描かれる深緑の模様が……影だったり森だったり、海に見えたりする」 「へ、え」 少しだけ興味が沸いてきた。自分を着飾ることにそれほど執着しないセリカだが、美しいものは見てみたい。 「宝石としての価値がガーネットやラピスに劣っても、見栄えはするぞ。今度、取り寄せておく」 そこでエランはこちらを突然に振り向く。目先で大きな涙型の宝石が揺れるのを、つい視線で追った。 「青にラピスラズリって、あんたの耳飾と一緒になるわね」 言い終わってからセリカは唇を「あ」の形に固定した。 ――間違えた。無難なお礼の言葉を返すつもりだったのに。 語調がきつくなかっただろうか。お揃いが嫌だと主張しているように聞こえただろうか。どうやって取り消せばいいのかわからなくて、微かに身震いした。 が、杞憂に終わる。 「これはラピスマトリクスというバリエーションだ。一緒といえば、一緒になるか」 エランは左手の指の間に耳飾の宝石を挟んだ。それを瞥見した瞬間の微妙な表情筋の動きに、セリカの直感が働いた。 大事なものなの、と問いかける。母の形見らしい、と彼は答えた。 「らしい、って」 「直接手渡されたわけじゃないからな。私が生まれた記念に母が用意したそうだ――いつか成人したら付けるようにと。母は私が成人する前に逝ったから、乳母が内密に預かっていた」 「乳母を信頼してたのね」 「母はヤシュレから嫁いできた時に、最も信頼のおける使用人一家を連れてきた。いや、祖国では奴隷の身分だったか」 「......そっか」 続ける言葉が思い付かなくて、相槌だけを打った。話は一旦そこで途切れた。 どうやらエランの母の身の上は今のセリカと似ていたようだ。子への贈り物を異国の地の人間ではなく祖国から連れてきた供に預けた心境も、わかる気がする。 それからもう一つ、得心した。 兄弟と言っても母親が四人もいれば子が互いに似ていなくても仕方がないと思っていたが、エランの頬骨や顎は、他のヌンディーク公子に比べて明らかに丸みが無い。彼らよりも鼻の形が細くて、肌の色素もやや薄い。 加えてエランは、父親にもあまり似ていなかった。すらりと角ばった輪郭はどちらかというとタバンヌスのそれに寄っている。 目や眉骨や鼻の形など、大公の顔の部分的特徴は、第一公子ベネフォーリと第七公子アダレムが一番引き継いでいるように思えた。 「大公陛下はどこか悪いの」 物思いの果てで、その質問に至った。「容態が悪化したって話だけど、見舞いに行かなくていいの?」 まだ明日までは絶賛家族孝行タイムですが、昨日ふいに時間が取れたので更新しちゃいます |
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