61.e.
2016 / 08 / 29 ( Mon )
「うん、君たちもね」
 火も持たずに闇の中に消えたユシュハの足跡を一瞥してから、リーデンは数秒の間考え込んだ。
「僕はこっち行くから、兄さんは逆から回ってくれる」
「ああ」

 ソリが地面からぐっと浮き上がる。搭乗者の中で最も体重のあるゲズゥが降りたのだ。瞬く間に、兄弟も闇の中に消えた。
 待つだけと言うのはなんともやりづらい。ミスリアは気もそぞろに足元の荷物を整理したり、手袋に包まれた両手を擦り合わせたりした。

 前列のフォルトへが席を立ったのが見えたので、なんとなくついて行った。
 馬の世話をするつもりらしいのだと察し――彼が干し草と水を与える間、ミスリアはブラシをかけてあげることにした。

「えっと、リーデンさんでしたっけ。あの人はああ言いましたけど、近くに魔物は居ないと思います。気配に敏感な馬たちも無反応なんで~」
「無反応と言えば……動物の死体を積んでも、あまり嫌がりませんね」
「個体差ですよ。集落の人たちはそういった経験が豊富な、図太い子たちばっかり売ってくれたんです。大事にしなきゃですねぇ」

「はい」
 今晩に限らずこれまでにも数度、魔物から逃げる際に活躍してくれたのだ。感謝の意を込めて声をかけ、丁寧にブラッシングをしていく。
 手を動かしていれば、待つ時間は苦ではなくなった。二十分くらい経ち、逞しい体付きの女性が戻ってきた。

「食糧は見当たらなかったが、使えそうな竈を見つけた。そこで湯を沸かして水筒を補充しよう」
「お疲れ様です、それは助かります」
 ミスリアはそう言って出迎えた。

(食べられる物が見つからなかったのは残念だけど)
 野営地は放棄されて長いのか、それとも使った人々は何一つ残さずに持ち去ったのか。後者であるなら、竈だけを残したのはおかしい気もする。忘れてはいけないのがフォルトへが最初に漏らした、死の臭いがする、の一言だ。

 数分後には兄弟も戻ってきた。拾ってきたらしいスノーシューズを抱えて「敵影(てきえい)なしー」と弟が報告すると、「左に同じく」と兄も続く。今夜野宿するには安全だろうと結論付いて、全員は準備に取り掛かる。先ほど入手した肉の処理はユシュハたちが引き受けた。

「ところでさ。揉め事の跡があったよ」
 各人、テントも張り終わって食事を腹に収めた頃。リーデンが小声で切り出した。
「雪の下から何かが突き出てたのが見えてちょっと掘り出したんだけど、血痕の付いた桶だった」
「そんなものが……。他には何か見つかりませんでしたか」
 リーデンも、そしてゲズゥも否定の意で頭を横に振った。

「僕らの印象だとどうも、此処を使ってた人たちは中途半端に去ったみたいに感じるんだよね。推測すると、襲われて連れ去られたんじゃないかなー」
「我々が追い求めている『奴ら』が、近いのやもしれんな」
 発言をしたユシュハの方へとリーデンの身体が向き直った。
「そういえばお姉さんたちって、敵を見つけたらどうするの。二人で征伐しろって命令されてるとか?」

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