53.g.
2016 / 02 / 25 ( Thu )
「あ、あー……どんなだっけ」
「赤茶の髪の若造。そいつは確か、ヤシュレの出身――だったか? 忘れた。会ったのは一回だけだったしな」
「そん時、おれ居た?」
「い、た……ような居なかったような。聖女さんは一週間くらい、ハリド兄妹連れて拠点に何度も出入りしてたから。三人目の護衛はたまにしか一緒に居なかった」
 二人の男性は互いの記憶を引き出し合おうとしている。その間、ミスリアは黙っていた。

「似た感じの奴なら薄っすらおぼえてるぞ」
「フリーの魔物狩り師だったよな」
「ん? おれがおぼえてる奴は拠点所属の魔物狩り師だったよ。聖女さまと一緒なのは見たことなかったけど、赤髪の口の悪い若造なら居た」
 同一人物でしょうか、とミスリアが問いかけると、二人は顔を見合わせた。

「どうだろな。依頼人と揉め事起こしてすぐ連合追い出されたっつーから、そんなによくは知らない」
「じゃあ聖女さんの護衛に選ばれたってのは無理があるんじゃないか? 別人だろ」
 二人はああでもないこうでもないと論じ合うも、話は停滞していた。
 ミスリアは自らの右隣にて静止している青年を振り仰いだ。目が合うや否や、確定的な情報ではない、と答えるようにゲズゥは肩を竦める。

(不機嫌そうとか口が悪い感じはしなかったけど、シュエギさんは記憶喪失者だから性格の話も当てにならないのかな。髪色も違うし)
 手がかりとしてはやはり行き止まりなのだろう。最後にもう一度だけ、姉について訊ねた。
「その聖女の足取りはわかりませんか」
「ゴメンな、これ以上は知らない。けど町まで行けばわかるだろ」

 男性は首都からの行き方を記した地図を描いた。距離を示す数値が無くても、それがかなり遠いのだということはわかった。しかし何もわからないよりはずっと良い。
 彼らにしっかりと謝礼の言葉を伝えてから、ミスリアとゲズゥは連合拠点を後にした。
 外に出ると、真っ赤に染まった空が二人を迎える。

「すごい色ですね」
 帯のような分厚い雲が何本か空を横切り、かなりの速度でうねりながら通り過ぎている。その隙間から漏れる赤は、見え隠れすればするほど深みを増すばかりだ。
 リーデンとイマリナが待つ宿までの帰り道は、短くて真っすぐだった。すぐに着いてしまうのが何故か名残惜しくて、足取りは遅くなってしまう。ゲズゥは特に文句を言わずに、黒いコートのポケットに手を突っ込んだまま、歩幅を合わせてくれる。

「空が怒(いか)ってる。まるで血塗れだな」
「え」
 残酷なイメージとはいえ、彼がそのような詩的な感想を言うのが意外だった。今一度、夕焼けを見上げた。

「私には、悲しんでいるように見えます」
 血のように赤い道筋は、涙筋にも見える。美しく、恐ろしく、またひどくもの悲しい絵図だ。目が逸らせなかった。
 夏の夕暮れは遅い。
 自分たち含め、既に大半の民は夕食を終えている。各々の夜の過ごし方が始まっているのだろう、近くの酒場からは盛り上がる声や音楽が漏れている。

 今日はいつもの祈祷の後に何をしようかな、と呑気に考えていた、その時――
 悪寒が後ろ肩を撫でた。たとえるならばそれは、濡れそぼった枕がずしんと乗っかってきたような気持ち悪さだ。

 視界が歪む。赤い絵図がぼやける。ミスリアはたたらを踏んで、胸元の布をぎゅっと握った。足元を見下ろしているはずなのに、小石の一つも見えない。ぞわぞわと足の指から上ってくる不快感だけが確かだった。

「どうした」
 腕を掴まれた。無機質な響きの中に、心配の色が含まれている。なんとか答えようと、懸命に息を吸う。
「…………が、近くで」
 唇の隙間から漏れる言葉がどういう意味を成しているのか、遠い出来事のように感じられた。

「?」
「……魔物が発生しました。それまで何の気配も無かったのに」
 この辺りは先ほど散策したのである。瘴気の濃い場所など無かった、はず。少なくとも、ミスリアに感じ取れるような濃さには満ちていなかった。
「人が近くで、死んだのだと思います。たった今」
 握った手の関節はすっかり白くなっていた。これほどの気配に変じたなら、人が「ただ」死んだのではあるまい――。

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