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2015 / 12 / 05 ( Sat )
 ミスリアがこっちに来る。
 体調が悪いのか、人に当てられでもしたのか。そのことについて思案する為に、一旦咀嚼を止めた。
 混じり物騒ぎから一週間が経ち、ミスリアが目覚めたのは今日中のことだった。イマリナ=タユスでの過去例と比べると眠りこけていた日数が短い分、起き掛けの様子が変だった。

 泣きながら目覚めたのである。
 不吉な夢でも見たのかと問うても何も憶えていないの一点張りだ。直接の原因なのかはともかくして、それからミスリアは一日中元気が無かった。
 案の定、天幕の群れから抜けてとぼとぼと歩み寄ってくる小さな影は、スカートの裾を両手で持ち上げながらも、俯いて肩を落としている。

「こんなところに居たんですね」
 ミスリアはこちらの姿に気付いて、顔を上げた。少しだけ微笑みが表れる。
「人混みは別にどうでもいいが、他人に尽くされるのが面倒だ」
「……大変そうでしたね」
 そう、宴の座に居ると、何かと里人が構ってきた。解放主だなんだと言ってもほとんど身に覚えのない行為だ。それをやたらと讃えられているというのは、ゲズゥにとっては薄ら寒いだけだった。リーデンのように好都合と捉えて最大限利用する気は起きない。

「きゃっ」
 突如、ミスリアは四方から山羊にもふっと挟まれる。
「や――やめてください。危ないですよ」
 毛深い獣たちは装飾品に興味を持ったのか、腰の飾りや腕輪などを甘噛みしている。
 べぇ、べぇ、と返事をしながらも、山羊たちは引かずに擦り寄る。通常の山羊以上馬未満の巨躯に囲まれて、少女は飲み込まれてゆく。
 助け船を出すことにした。ゲズゥは串の束を歯の間に収め、両手を使ってミスリアを拾い上げた。群れから数歩離れてから下ろす。

「すごいですね」
 肩から振り返りながら、ミスリアの目線は串に釘付けになっていた。
「食うか?」
 歯の間から取り出した合計三本の内、一本を差し出す。
「いえ、私はいいです。なんだか食欲なくて。どうぞ全部平らげてください」
 そう言ってミスリアは自分が去ったばかりの天幕の方を見やった。

 風に乗って、向こうから音楽が流れてくる。宴はなかなかの盛り上がりを見せていた。
 数日だけで快復した女たちは、捕まっていた間の記憶があやふやで里の生活に再び慣れるのも早かった。むしろ身内の者たちの方が女たちの突然の社会復帰に戸惑っていた――もっと休ませるべきか否か、あまりに早い快復を喜ぶべきか訝しむべきか、心配のしどころがわからないかのように。
 その温度差を埋めて全体のムードを無理にでも引き上げる為にも、宴が開かれたのだろう。

 ちなみに無駄に顔立ちの整ったあの弟は、中央の広場で宴の渦中にいた。相手をとっかえひっかえしながらくるくるとステップを踏んでいるのがここからでもよく窺える。馴染みの無い踊りだというのに、回を重ねるごとに学習しつつさりげなく女にリードさせたりと、器用に誤魔化している。その世渡り術は一体どうやって身に着けてきたのか――あまり知りたくない。

「踊らないのか」
 ふとそう問いかけていた。何せその横姿は、己のよく知るそれと相違していたからだ。
 里の女たちによって現地の盛装に着替えさせられ、化粧や髪も惜しみなく整えられている。幾重にも重なった裾の長い衣の下では小柄な身体が更に小さく見えそうなものだが、そんなことは無かった。服の上からかけられた、鉱物をあしらったアクセサリーが華やかな印象を醸し出し、上半分だけまとめ上げられた髪には簪やビーズが多く編み込まれている。
 仕上げには額をぐるっと囲ったヘッドネックレス。涙型の深紅の宝石が主役を飾るそれは、茶色の瞳の深みをうまく引き出していた。
 ゲズゥにはそうする心理がよくわからないが、ここまで豪華に飾り立てたからには、人目に晒されながら宴を楽しむべきではないのか。

「いえ、私はいいです。今は、人がたくさんいる場所はちょっと気疲れしてしまうので」
「…………」
 どこか納得の行かない答えだった。
「あの、何か?」
「だが物欲しそうに眺めている」
「え」
 華奢な肩がぴくりと動いた。少なくとも、踊りたい気持ちはあるように思えた。
 そこで一つ閃く。

「ここで踊るか」
 と言っても、一人ではつまらないだろう。そう思って手を差し伸べる。
「え、えぇ!? ゲズゥは舞踏に造詣が深いんですか!? そ、それは確かに運動神経は良いのですし、弟さんもあの通りですけど」
「まさか。リーデンと一緒にするな」
「でも、私もあまり得意ではないです。馴染みの無い曲調ですし、二人してそうだと足踏んだり踏まれたりしますよね」
「……ああ。それなら最初から踏んでいればいい」

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