49.g.
2015 / 10 / 29 ( Thu )
 つまりは女を攫い、男を誘って、勢力を広げてきたとでも言うのか。王子は顎に手を当てて笑った。
(面白い。広がりようのない勢力とはいえ、試みは面白かった)
 成功例が極めて少ないのが、ヤン・ナヴィという男の運の尽きだ。もしも母親の横槍が入らず、もう少し研究が発展できたのなら、或いは奴は自身の目的を果たせたのかもしれない。

 あくまで結果論である。突っ走った道の先に待ち受ける報酬よりも、道中支払わねばならない代償の方が圧倒的に重いのなら、その道は選ぶべきではない――と、オルトファキテ・キューナ・サスティワは考える。
 何やら形態変化を始めたジェルーチの方に目線をやって数秒、ふいに硬い感触が内太ももに触れた。眼球を巡らせてみると、鉄格子の向こうの気配が一つ、やたらと近くに移動しているのがぼんやりと見える。

 ――これは驚いた。他者に意識を向けられる者が残っていたとは――。

「悪いね。今は大きな声が出せないから、こうするしかあんたの気が引けなかったのさ」
 女の掠れた声。実際、何日も水を口にしていない可能性は大いにあろう。
 己の大腿(だいたい)動脈近くに押し当てられた鋭利な石塊を、王子は冷ややかに見下ろした。まともに立てないからこそ、首ではなくこの動脈に狙いを定めたのだとしたら、大した女だ。下手に刺されてしまえば面倒極まりない。

「用向きは?」
「この状況でなんでそんなに落ち着いてんのさ。腹立つね、その澄ました顔」
 女の無駄話に対して、王子は舌打ちした。
「お前は私の時間を何だと思っている。今すぐ話す気が無いのなら、死ね」
 格子の間に右の肘を絶妙に滑り込ませて、女の鼻を殴った。女は「ひぎゃん!」と叫んで床に崩れる。弾みで石塊がズボンと太ももの皮膚を切ったが、浅い。

「こ、こっから出せ――――じゃない、出してくれ! 頼むよ!」
「断る。その程度のアピールでは、おねだりとも言えんな」
 王子は何の感慨もなく、踵を返した。背後から悲痛な声が追って来た。
「あ、あんた、この有りさまを見といてよくも背が向けられるね! ひとでなし!」
「同郷の者たちが大勢助けに来ているではないか。どこの誰ともわからぬ私に頼むまでもないぞ」
 振り返らずに答える。

「それはありがたいけど、不安なんだよ! あいつらきっと双子にやられる……ジェルーチがこっちに気付かない内に、なあ、あたいだけでも逃がしてくれよ!」
「何を言っている。数ある捕虜の中でもお前の自我が奪われていないのは、奪う必要が無かったからだ。つまりお前も、多少なりとも奴らの目的に賛同しているのだろう? 何故敢えて牢に収まっているのかは不明だが」
「……! わかった、全部吐くよ。牢に入ってるのは、あのクソ双子とのかくれんぼに負けたからだ。別に深い意味はないさ」

「それも嘘だな。くだらん」
 牢の中を調べ終えた今、この場に残る理由が失われている。女たちはおそらく、外の世界に逃しただけでは正常な状態に戻れない。こればかりは自分ではどうしようもないのだと、王子は既に結論付けていた。ならばジェルーチとナラッサナの決戦に参加した方が有意義というもの。

「ま、待ってくれ! 言うよ! 今度こそ本当のことを言うから、行かないでくれ!」




>>私の時間を何だと思っている<<

この王子さまは、ミスリア相手にだらだらと「お喋りしよーぜ」って態度だったくせに…w
まあ、そういう人なんです。

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