46.d.
2015 / 07 / 29 ( Wed )
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 岩陰から崖下を見下ろしていたところ、急にミスリアは目を逸らした。谷を意識していると気分が悪くなるのだ。ましてや現在進行中に吊るされている者の心境を想像すると、もう最悪である。
 一方で隣のオルトファキテ王子は、平然とした顔で独り言交じりに状況を分析した。どうやってゲズゥを助け出そうかじっくり検討しているらしい。

「さて。本来ならばここは手詰まりとなるところだったが――何と間の良いことに、ちょうど見張りの連中が来ている上、その内の一人は鍵束を腰に提げている。これを好運と呼ばずしてなんと呼ぶか」
 岩陰に身を潜めたまま、王子は人差し指だけを動かして指摘した。彼の指差す方向には確かに三人の男性の姿がある。

 王子が身に纏う代物とよく似た砂色の服装をした現地人の内、二人はそれぞれ腰に縄を巻き、その端を崖上の低木に結び付けている。残る一人は縄の長さを調整する係として低木の傍に陣取っている。

「地上に残った方が鍵束を持ってる。つまり、まだゲズゥを解放する気は無さそうだな」
 ぼそりと王子が呟いた。
「様子を見に行っただけなんでしょうか……」
「かもしれん。どちらにせよ、動くなら今しかない」

 言いながらも腰が浮いている。王子は既に行動に移す好機をうかがっているのだ。
 彼は何の指示も出さなかったが、この場合自分にできることは身を隠して大人しくしていること、それのみだろうとミスリアは判断した。

 縄を締めた一人の男性が素早く後ろに跳び、崖を降下し始めた。もう一人も彼に続く。
 オルトファキテ王子は岩陰から飛び出し、谷肌に沿った坂を駆け下りた。あれほど狭い道だというのに、まるで躊躇なく進んでいる。
 頃合いを見て地面を蹴った。

「――!」
 仲間たちの為に縄を持っていた現地人の男性は、異変に気付いて喚いている。しかし役割上、踏ん張るしかできない。避けたり逃げたりすれば縄を離してしまうし、そうなれば仲間たちの大怪我は必然である。

 ところが跳び蹴りはフェイントだったらしい。すんでのところで王子は着地して身を屈め、いつの間にか構えていたナイフを薙いで鍵束を奪い取った。
 奪われた側は吠えるようにして喚いた。

(この後どうするんだろう)
 ミスリアは身を乗り出して見守った。鍵を奪ったはいいが、どうやってそれを使うつもりなのか、降下中の二人をどうする気なのか――
 その時、袖の中から白い物が飛び出した。

「え!?」
 瞬く間にそれは視界から消えた。
(真っ先に考えられるのは、主の元に戻ったってことだけど!)
 気が付けばミスリアは岩陰から駆け出していた。

 崖っぷちに悠然と立っていた王子は視線を下に向けたまま、顎に手を当てた。何故か手ぶらになっている。
 そして次の瞬間には、縄持ち係の男のみぞおちに肘を当てて気絶させていた。唐突に尺の余った縄は、ぐんと張り、低木を軋ませた。

「何を――」
「まあ待て。この縄なら二人分の体重がかかっても平気そうだ」
「はい?」
「ほら、自力で上がってくるぞ」

 王子が指を指す方に目を向けた。すると、鍵束を歯の間に咥えた青年が縄を登って来るのが見える。
 無表情の青年は、顔の左半分から青白い光を立ち上らせていた。

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