45.e.
2015 / 07 / 14 ( Tue )
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 聖女ミスリア・ノイラートは狭い場所で目を覚ました。
 むくりと上体を起こして、寝ぼけ眼を上下左右に向ける。

(六角柱の……檻?)
 細い鉄格子と、六角形の天井がぼやけた視界の中で色付いた。
 さて床はどうなっているかなと思って視線を落とすと――
「ひぃっ!?」
 下は網だった。問題はその点ではなく、網目の向こうに見えた景色だ。深い谷を見下ろす形になっている。

 ――とてつもなく、高い。
 いつの間にやら網に立てていた両手の爪が、ガチガチと音を立てて震える。寝ぼけていた頭など一気に冴え渡った。

(なんで、何でこんな所に)
 檻の中には自分しか居なかった。他の皆を捜し求めて視線を彷徨わせ、そうして少し離れた場所にも檻を見つける。
「イマリナさん!」
 力なく項垂れている女性に幾度か呼びかけたがまるで起きる気配が無い。

 ごうごうと吹き抜ける風に撫でられて、ミスリアやイマリナが納められている檻が揺れる。崖の縁(ふち)からぶら下げられているようだった。一体誰が、何の為に。

(ゲズゥやリーデンさんは……)
 おぼろげな記憶の中では二人の護衛は力づくで昏倒させられていた。駆け付けようとしたところで記憶は途切れている。
(どこ――?)
 思考がまとまらない。膝を抱え込んで、押し寄せる恐怖の波に耐えた。しかし一分としない内に耐え切れなくなり、叫んだ。仲間たちの名前を順番に呼ばわる。次第に誰でもいいからと返事が欲しくなり、切羽詰まった悲鳴をあげた。

「誰か! 誰かいませんか!?」
 声は反響することなく、谷に飲み込まれる。その時になって首周りをまさぐったのは、無意識からだった。

 ――無い。またアミュレットを失くした。
 ならば更に希少価値のあるアレはどうなったのか。
 胸を押さえつけ、内ポケットに収容されている小物を探す。すぐに硬い感触が指に伝わった。

(よかった、水晶だけでも無事で)
 聖獣の鱗であったこれには、持つ者への強い守護を期待できる。手元にあるだけで安心した。それでも、なお不安要素が多すぎるが。
 もう一度大声を出そうと、息を大きく肺に吸い込んだ瞬間――

「叫んでも無駄だ。仲間にも、捕えた者らにも、届きはしない」

 ――ガシャン!
 大きな音と共に、檻が激しく揺れた。質量の多い何かが上に飛び乗ったと受け取れる。人語を発したからには、きっと人間だ。

(檻ごと落ちる!?)
 全身を硬直させ、ミスリアは知らず青ざめた。胃の中身が渦巻いている。
 こんな時になんだが、自らのスカートの裾が一箇所、不自然に盛り上がっているのが目に入った。まるで丸い小石が中に隠れているかのようである。

「いい格好だな。聖女」

 ――誰?
 吐き気を堪えつつ、真上からかけられた挨拶を不審に思った。聖女の特徴的な白装束ではなく一般的な部屋着しか着ていない上、アミュレットも身に着けていない。教団の象徴を象ったアミュレットを盗った当人でなければ、ミスリアの身分を知っているはずが無いのだ。

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