45.f.
2015 / 07 / 16 ( Thu ) 「上の集会所では、大勢の人間が集まっている。『呪いの眼』の持ち主を祭り上げる為にな」
「祭り、あげる……どうしてそんなことを」 思わず返事をしてから気付いた。上から降りかかる男性の声は、南の共通語を使用している。共通語、しかも南のを話せる者はこの周辺ではかなり珍しいのではないか? 「利用したいからに決まっている」 「!?」 男性の応答とは無関係に、ミスリアは驚愕して口元を手で覆った。スカートの盛り上がりがもぞもぞと動いたからである。狭い檻の中で後退ると、ころんと何かが衣の下から転がり出た。 瘴気を微かに立ち昇らせる白い球体。 小型の魔物――最初に浮かんだのはその可能性だった。が、この檻の中は眩い陽光に満たされている。魔性の物が実体を保てる環境ではない。 ミスリアが息を潜めて見つめる中、球体は震えた。たとえるならば、輪郭を変えて「足」を作ったようだった。その足で網を掴み、全体の向きを変えた。 前後反転したそれには見覚えがあった。 (目玉?) 白い色の中には細かい赤筋が見て取れる。同じ白でも外周より澄んだ白が中心で円を成しており、そこに散らばる金色の斑点、そして深い切り込みのようにも見える、縦長の黒い瞳孔。 何故目玉が自力で動き回っているのか、何故形状変化ができるのか、疑問は多い。けれども何よりも注目したいのは、眼球に見覚えがある点に他ならなかった。たった今話題に挙がった「呪いの眼」である。 恐ろしさよりも好奇心が勝る。ミスリアはゆっくりと手を伸ばした。 そんな時、檻の上の人物がまた話しかけてきた。 「お前の連れの中にもう一人、呪いの眼の持ち主が居たとはな。あの銀髪は見たところ強(したた)かそうだ。人違いであっても、うまく祭り上げられるやもしれん」 頭上の声が移動し始めている。 深く考えずにミスリアは眼球を掌に包んで背の後ろに隠した。肌に伝わる感触はねっとりとしていて、意外に温かい。不思議と気持ち悪いとは感じなかった。 謎の人物は鉄格子の間に長靴の踵を嵌め込んで足場とし、降下してくる。右手で鉄格子を掴みながら、左腕は何故かだらしなく垂れている。 彼の体重が移動している所為で檻が大きく揺れ出した。明らかに男性はミスリアよりも重い。 こちらも空いた手で鉄格子を掴んだ。そうでなければ檻の中を投げ飛ばされたり振り回されそうである。 「人違いって何のことですか」 「なんだ。ゲズゥに聞いていないのか」 右手の中で目玉がぴくりと動いた。もしかしたら見えなくても会話が聴こえているのかもしれない。理屈はきっと、考えてもわからない。 (それより今の感じって……) 男性の、何気なくゲズゥの名を呼ぶ悠然さには覚えがあった。今となっては遠い昔みたく感じられる、邂逅の日を思い出す。 降りてきた男性は砂色のフードとマントに身を包み、鼻から首までもを同色の布で覆っていた。窺えるのは褐色肌と、刺すような藍色の双眸――。 「……オルトファキテ殿下?」 囁きで問いかける。男性の目元の緩みからして、笑ったようだった。 「此処ではその名に意味など無い。長ったらしいだろう、端折って呼べ」 「は、はあ。では、王子」 ミスリアにとっては精一杯の譲歩である。まさかゲズゥみたいに「オルト」と呼ぶには恐れ多いというか、単に恐ろしかった。得体の知れない人間との、得体の知れない場所での再会を喜ぶ気にはなれない。 オルトファキテ王子は顔の布に指を引っ掛け、そのまま引き下ろした。以前会った時と何も変わらない顔が露になる。 彼は一つ不敵に笑った。 「ここから出してやろうか」 |
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