39.f.
2015 / 01 / 29 ( Thu )
「そうだったんですか」
 確かめたいこととは何だったのかと訊こうとした瞬間、ごめん、と言ってカイルは制止の手を挙げた。彼の眼差しは人波の勢いが弱まるタイミングを見計らうように遠くを見据えている。

「続きは待ってもらっていい? この後、人と会う約束をしてるから、そろそろ戻らないと」
「勿論構いませんよ」
 大通りを一瞥し、ミスリアは歩き出す心構えを整えた。身体が小さいと人の隙間を通りやすいけれど、一方で呆気なく勢いに流されかねない。転んでしまえば最悪の場合、踏み潰される。そう想像するとなかなか最初の一歩が踏み出せない。

「彼に前を歩いてもらえば少しは歩きやすいかも」
 こちらの躊躇を感じ取ったのだろうか。友人はゲズゥに目をやり、提案した。
「お願いしていいですか」
「……はぐれないように気を付けろ」
 長身の青年は背を向けて前に出た。そのコートの帯を、ミスリアは掴むことにした。

 人を押しのけたり間を縫ったりして三人は来た道を戻った。
 周りは相変わらず我を忘れたように騒いでおり、時々ぶつかる人からは酒の臭いが漂う。民衆が密集している箇所を通るとやたらと気温が上がって、逆に誰も居ない箇所に出ると震えるほどに寒い。温度や湿度の目まぐるしい変動に目が回りそうだった。

(これは、前後を歩く二人のサポートが無ければ絶対に窒息しているわ)
 思えばここ最近は移動をする度にリーデンが前を歩いていたので、混んでいる道でも難なく進めた。あの絶世の美青年の行く道を阻む者は少ない――顔だけでなく、立ち居振る舞いやオーラのような何かが人を寄せ付けないのかもしれない。

「リーデンさん、午後のパレードが終わったら合流すると言っていましたけど、大丈夫でしょうか」
 騒々しさからやっと少し離れられた所で、ミスリアは口を開いた。

 ゲズゥの母親違いの弟、リーデン・ユラスは朝から一人でふらりとどこかへ姿を消していた。もはやそれは日常となっている。

 帝都に来てからの彼があまりにも楽しそうなので、昼間の護衛はゲズゥだけで充分ですからどうぞ好きに過ごしてください、とミスリアは自由行動を容認している。本人は趣味の人間観察をしに行っていると言い張るが、真偽のほどは知れない。

「アレなら多分」ゲズゥは帝都中心の高地の方を向き、遠目には人々の姿が虫の大きさにしか見えない位置を指差した。「あの辺に居る」
「弟くんのこと、アレって言ってるの?」
 背後からカイルが笑い声と共に指摘する。

「アレは、アレでしかないが」
 当然のように答えるゲズゥ。気にしたことは無かったけれど、確かに人間をアレ呼ばわりするのはおかしい。
「まあ君がそれでいいならいいよ」
 と、やはり笑い声が返る。

 ようやく三人並んで歩ける広さの通りに出て、カイルは後ろから進み出た。彼は白装束の袖を押さえつつ「失礼するよ」と一言断ってミスリアの造花の輪を直した。ずれはしても、奇跡的にここまでの道で落としたり失くしたりしていなかった。

「それでさっきの話――ミスリア、聖地に行ってみて、何を感じた?」
 琥珀色の双眸が真剣そのものになった。自分も真剣に答えなければ、と反射的に表情を締める。
「遠くに居る、見えない何かの意思を注がれているような……そんな感覚でしょうか」

「僕も他の巡礼者との話で、似たような証言を聞いてる」
「それでしたら……」
 ミスリアも同じく、聖女レティカと互いの経験を教え合ったことがあった。そして彼女も、同様の内容を語ったのだった。

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