36.a.
2014 / 09 / 11 ( Thu )
 くすんだ青緑色の水面が遠い――。
 手摺りに身を乗り出すミスリアは無意識に唾を飲み込んだ。船首によって分かたれる川水は肌に触れたらさぞや冷たいのだろう。落ちたりしたら、数分としないうちに死に至るはずだ。

「面白い物でも浮かんでたー?」
 背後から呑気な声がした。
 ミスリアは手摺りにかけた両手に力を入れてシャキッと姿勢を正し、声の主の方を振り向いた。多くの人間が忙しなく動き回っている甲板の上で、輝かしい銀髪の美青年はかなり目立っている。

「いいえ、何も。高い……と思ってただけです。私、こんな大きな船に乗るの初めてです」
「まあ君は列島出身らしいから平気だと思うけど、念の為、船酔いに気を付けてね」
「今の所は大丈夫そうです」
「それはよかったー」

 笑いかけてきた青年は、全身をオレンジ色のブランケットに包んでいて随分と暖かそうである。
 ――突如、冷風が甲板を吹き抜けた。上着を羽織っていながらもミスリアは肩をすくめて震えた。

「寒いなら要る?」
「え、でもそうすると貴方が寒いのでは――」
 言い終わるより早くリーデン・ユラスはブランケットを脱いでミスリアの肩にかけていた。ウール生地に染み込んだ温もりが大変ありがたい。それに、ほんのりと爽やかな残り香が心地良かった。

「心配しなくてもまだあるよ」
 その言葉通り、リーデンは荷物の中からブランケットの束を取り出していた。今度は深紅色のブランケットを自らの肩にかけている。
 それが済むと少し離れた位置に佇んでいる長身の青年に声をかけた。

「兄さんは体温高いから要らないよね」
「…………」
 黒髪黒瞳の青年は目を細めた。袖も裾も長い漆黒のコートに身を包んでいる。肌色まで濃いため、下手すると夜には姿が背景に溶け込んでしまうかもしれない。

「うそうそ。たくさんあるから二枚でも三枚でもどーぞー」
 弟が兄に向けて濃い青のブランケットを投げた。兄は組んでいた腕を解き、片手で受け取った。
「持って来たんですか? 準備が良いですね」
 ミスリアは感心交じりに問うた。自分とゲズゥとイマリナを含めた四人の中で荷物が一番多かったとはいえ、これだけの大きさの毛布を何枚も持ってきていたようには見えなかった。

「ううん、港に居たお姉さん方がくれたよ」
「親切な方々にお会いしたのですね」
「んー、親切か。ちょっとお喋りして、別れ際に『私だと思って大切にしてください』ってノリで渡されたけど」
「は、はあ」
 面食らって、返事につまずいた。

「いやー、つくづく便利な顔だよねぇ。両親には毎日感謝してるよ」
 暗に顔が効して女性たちから貢物を巻き上げられたのだと彼は言うのだが、あまりに自然な笑みからは嫌味っぽさを感じない。
(自覚してる上に有利に働かせてる……いっそ清々しいわ)
 ミスリアはつられて笑顔を返す。

「ご両親と言えば、ゲズゥとは腹違いなんですよね。どういう事情か、教えてくれませんか? 興味あります」
 アルシュント大陸では貴族以下の民が複数の伴侶を持つ事例は極めて珍しい。珍しくはあるけれど、法やご教示で禁止されている訳ではない。一対の男女が添い遂げることの美学は確立されていても、それ以外の形も一応容認されている。

 ほとんどの場合は当人たちが嫉妬――から発生する暴力――などを原因に家庭を崩壊させるので、結果的に一夫一妻制が主流になっているだけだ。

「詳しい話は僕よりも兄さんがよく知ってると思うよ」
「なるほど」
 そこで二人の視線は同じ一箇所に集中した。




お待たせしました。次のメインイベントに着くまでちょっとだけ呪いの眼兄弟のバックストーリー入ります。

兄:汗・土・森・革・鉄の匂い
弟:香草・香油・松・甘味・革の匂い

リーデンからはなかなか汗と鉄の匂いがしない。イケメンマジック。
ミスリアはいつも花みたいな香り?

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