36.b.
2014 / 09 / 16 ( Tue ) 落ち着いた眼差しが見つめ返す。 現在、ゲズゥ・スディルの両目は揃って黒だ。リーデンの提案と手回しによって、ガラス玉を薄く伸ばして色を付けた、「カラーコンタクト」と呼ばれる代物を取り付けているからである。それによって彼らの血筋を表す「呪いの眼」が見事に隠されている。「前にも言ったかな。実はある手段を通して僕は子供の頃の記憶を鮮明に呼び起こせたんだ。催眠術って知ってる?」 ふとリーデンが補足するように語り出した。 「はい。使われるのを見たことはありませんけど」 どういうものなのかは聞き知っているので、ミスリアは首肯した。 「催眠状態は、何らかの理由で思い出せなくなってる記憶を辿るのに役立つよ。だけど最初から記憶に無い事柄はどんな術をもってしても思い出せない。僕にとって家族は『母親』『父親』の他にも『兄』と『兄の母親』が居て、気が付けばそれが当たり前だったから、それ以上の情報は得られない」 そう言って彼はゲズゥを一瞥した。 「てなわけで兄さん、バトンタッチ」 「ああ」 とゲズゥは答え、ブランケットを持ったまま船内に降りた。ミスリアたちも後に続く。 乗客よりも貨物を運ぶことを目的とした船なので、客室の数は少なく、部屋そのものも狭かった。風や水飛沫が当たらない分だけ甲板に立つよりは暖かい。 四人が寝る部屋の中ではイマリナが荷物を整理していた。ミスリアたちに気付くと彼女は燭台をもう一つ灯してリーデンに渡した。 長方形の居室のそれぞれ長い方の壁に二段ベッドが釘で打ちつけられている。ベッドと言っても台は藁の上にシーツを敷いただけの質素なものだ。大人が一人なんとか寝れる広さで、寝返りを打つ幅は無いかもしれない。 ミスリアとリーデンは各々ベッドの下段に腰をかけ、間の狭い通路に木箱(クレート)を並べて座るゲズゥを左右から眺める形に落ち着いた。 ゲズゥは膝の上にブランケットを広げた。そこに肘を乗せて前かがみになり、開口一番にこう言った。 「俺は逆子の難産だった」 「あー、うーん? そうだったんだ」 リーデンは考えるように緑色の両目をさ迷わせた。 (突拍子の無い一言に聴こえて、実は質問の答えになってるかも) 納得しかけるも、ミスリアは大人しく続きを待った。 「母は或いは二度と子供が産めないかもしれないと産婆に言われ……それだと族長――父に後継者が一人だけなのは甘受できないと、自ら二人目の妻を娶るよう提案したらしい」 「へえ、あの人らしいね。さっすが」 「そんな事情があったんですね」 彼女が目星をつけた相手が、リーデンの母だったと言う。 リーデンの母親はやや病弱な上に引っ込み思案で、自分にあまり自信が無い人だったらしい。妻や母としてうまくやっていけるはずが無いと思い込んでいたため、誰に求愛されても受け入れないまま歳を重ねていた。 そんな彼女は仲の良いしっかり者の友人に「一緒に一つの家庭を支えて行きましょう」と強く薦められ、二人一緒なら自分でも大丈夫かな、とやがて折れた。 (リーデンさんは、外見はともかく性格はお母さまに似なかったのね) |
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