36.c.
2014 / 09 / 18 ( Thu ) くすりと漏れる笑いを飲み込んだ。 (それにしても、そういう事情だったの)一人の夫と二人の妻は互いを愛し敬い、三人の子宝に恵まれた。 いずれ崩壊する運命だったとしても、きっと幸せな家庭だったのだろうと想像する―― 「そういえば」 あることに思い至ってミスリアは銀髪の青年を真っ直ぐ見つめた。 「ん? なぁに聖女さん」 「ゲズゥはまだ話していないようですけど……」 話の流れのついでにミスリアは村の跡地での出来事を話した。ゲズゥの母が魔物に成れ果てた姿と消滅した際の優しく穏やかな気配を思い起こしながら。 静聴しつつリーデンは唇を引き結んで表情を翳らせ、聞き終えると小さくため息をついた。 「そんなコトになってたなんて知らなかったな。とりあえずありがとうと言っておくよ」 「いいえ。他にどうすることもできませんでしたから」 ミスリアは頭を振った。 「実際に死んだ人が魔物になるもんなんだねぇ」 「驚かれないんですか」 思えば仇討ち少年の騒ぎの時も彼は何も反応していなかったかもしれない。 「そういう疑惑があるってことくらい小耳に挟んでるよ。でもだからって僕には関係ないし」 「関係……ないとは言えませんけど」 罪や穢れを背負った人間も魔物に転じやすいのだから、リーデンも無縁ではないはずだ。それを伝えるべきか迷う。 「もう一つ訊いてもいいですか」 「どうぞ?」 美青年は僅かに首を傾げて微笑んだ。 「例の……『五人目の仇』を討つのは、お二人は諦めるつもり……なんですよね」 兄弟を順に見やって訊ねた。二人はすぐに表情を強張らせた。 燭台の炎が一瞬、揺らいだ気がした。なんとなくミスリアは足を組み替える。 十秒ほどの沈黙を経て弟が答えた。 「ん。自分の手で始末するのは諦めるよ」 「ではもう殺しの類からは手を引いていただけます――」 「殺しはしないけど妥協案なら動かしたから」 ミスリアの言葉は遮られた。 妥協案って具体的に何を、と訊ね返そうとしてもできなかった。絶世の美青年の微笑の向こう側に、不気味な迫力を感じ取ったからだ。おそるおそるゲズゥの方に目を向けても、彼は瞼を下ろして口を挟まない。リーデンの「妥協案」を了承しているという意味合いだろうか。 結局これも知らない方が幸せなのだろう、内心そう自分に言い聞かせた。この日を最後に、ミスリアは二度とこの件を話題に上らせることはしなくなった。 _______ 齢六十はゆうに超えているであろう尼僧の陽気な声を、ゲズゥ・スディル・クレインカティは話半分に聴き流していた。 どうやらクシェイヌ城は聖地として教団からの支援を受けている身ながら、観光客を招くことで多少の維持費を自力で稼いでも居るらしい。入場料はティーナジャーヤ帝国で最も小さい硬貨を三枚、と安価である。 「右手に見えます別棟へ続く連絡通路は、かつてこのクシェイヌ城をめぐって争った武将たちの最期の決闘が繰り広げられた場と言い伝えられております。軍隊を壊滅に追いやられ、城内に逃げ込み、ついに闘いに敗れた武将は十五ヤード以上のこの高さから転落し丘陵を転げ落ちたと――……」 古城の歴史の中に役立つ情報があるとは考えられない。熱心に聞き入る聖女ミスリアを尻目に、ゲズゥは三十人の観光客の群れの中に警戒を巡らせた。 城の屋上庭園は見晴らしが良く、不審な動きをする人間はすぐに識別できる。 |
--どうでもいいけど--
別棟をずっとベットウって読むものかと思ってましたよ!!! なんだよベツムネって!!!
by: 甲姫 * 2014/09/18 01:01 * URL [ 編集] | page top↑
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