35.e.
2014 / 08 / 22 ( Fri )
(ひどく意気消沈しているようだったとは聞いたけれど……)
 このような話を聞かされた後では、廊下を突き当たった先にあるはずの戸が、やたらと遠く感じる。気を紛らわせる為にもミスリアはこれまでの経緯を思い返した。

 まず聖女レティカに会うと決めた後、真っ先に訪れたのがイマリナ=タユスが誇る蒼穹の大聖堂だった。
 するとそこは常ならぬ状態にあった。本来の穏やかで神々しい雰囲気は失われ、修道女たちは一般の参拝者を門前払いにしていた。

 何事かと思って中に入れてもらうと、中庭では司教が一心不乱に魔物狩り師たちの穢れと無念を清めていた。その場に集まっていた僅かな生存者たちと、もう肉体から永遠に乖離してしまっていた魂たちの安寧の為に。
 彼らは疲弊しきっていた。後はもう教団へ応援要請を出し、周辺には避難勧告を出して、それ以上どうこうしないつもりだと誰かが告げた。

 ミスリアは首振り人形の如く何度も頷くだけだった。自分が惨劇に巻き込まれずに済んだ幸運に心底感謝しながらも、そんな風に安堵してしまう己を恥じた。
 そして思う。人を導く「聖女」の在り様を目指すならば、正解は果たして何であろうか。

 共に逝きたかった、失われた命の盾となり代わりとなるべきだった、と嘆きながら生存者を慰めるのか。それとも、街中の演壇に立って大々的に復讐を誓えば良いのか? 
 「聖女」たる清らかな魂の輝きを、未来への希望として町民の心に焼き付けられるならばそれも良いだろう。ミスリア自身はそんな大衆を魅せられる崇高な人間になるつもりは無いし、なれるとも思わない。

(私の優先すべき目的は、聖獣を蘇らせる旅を進めること。その一点に集中している限り、道を見失ったりしない)
 いつの間にか問題点から逸れてしまったけれど、そういえば聖女レティカこそが人を導く生き方を目指していたはずだ。

(結局、彼女は大聖堂には居なかった……)
 修道女たちに問い合わせてみたら、町医者が身元を預かっていると教えられた。どうやら聖女レティカは魔物狩り師たちと一緒に居たはずが、何故かふと居なくなったのだとか。何人かが捜しに行ったものの見つからず、諦めそうになった時点で医者からの連絡があったと言う。

 消息が知れても迎えに行くと名乗り出る者は居なかった。皆、大聖堂での祓いごとで手一杯だったし、同時に、レティカが断りなく飛び出て行くくらいに一人になって落ち着きたかったのならそれも仕方ない、と気遣う声があった――

「先生、お伺いしてもよろしいでしょうか」
 ミスリアは先をゆっくり歩く医者を呼び止めた。
「なんなりと」
「大聖堂に連絡してから、お見舞いに来られた方はいましたか?」

「うむ、一度だけ修道女の方が。追い返しましたがねぇ」
 医者は歩みを再開し、一同は数秒としない内についに戸の前まで来た。戸の向こう側は、寝息すら漏れないほどに静かだった。
「それは何故ですか?」

「彼女らの瞳を見れば一目瞭然でしたさ。きっと、今の聖女様の姿を前にして怯えるだけで終わるだろうと。それは見舞う方見舞われる方にとっても何の足しになりゃせん。時間の無駄だ」
 医者は顎鬚を一撫でして答えた。

「…………そうですか」
「そうさね。そんじゃまあ、小さい聖女様よ、開けますぞ」
 ミスリアがしっかりと「はい」と答えるのを聞き届けてから、医者は取っ手に手をかけた。

 ――ギッ。
 戸は短い音一つだけ立てると、呆気なく開いた。
 廊下の闇と部屋の中の闇が、混ざり合って繋がる。

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