35.d.
2014 / 08 / 20 ( Wed )
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 猛禽類を思わせる濃い顔立ちの医者と、意外な形で再会していた。
 成り行きのままにまた世話になっているが――今度は診察されているのはミスリアである。医者は車椅子を一目見て、ミスリアの体調不良を知ると、すかさず診療所の一室に案内したのだった。

「つまるところは、過労から昏睡状態に陥ったと」
 医者は黒い顎鬚を一撫でし、自分が書き綴っているメモから顔を上げた。
「はい。おそらくそういうことになると思います」
 ミスリアは姿勢を正して頷いた。

「よくあるんですかな? 聖人聖女の患者を診るのは珍しいもので」
「どうでしょう……他の方はわかりませんけど、私は以前にも似たようなことがありました」
「ふむ。まあ異常は無さそうだ。徐々にまた歩行に身体を慣らせばいいでしょうな。最初は数歩ずつ、必ず何かを支えにしながら試してみなされ」
「わかりました。ありがとうございます」

 彼のアドバイスに、ミスリアは素直に返事をした。その反応を満足そうに見届けた医者は、書類や器具の片付けをし始める。車椅子の後ろではゲズゥが無言で佇んでいる。

 決して居心地の悪くない沈黙が診察室に満ちる。もうしばらく静かに休んでも良かったけれども、ミスリアにはそれを破る必要があった。

「それで、先生」
「む?」
「あの、元々の用件ですけど……」
 躊躇いがちに切り出す。

 この診療所を訪れた当初の目的は、自らの治療を求めていたからではない。大聖堂で聞き知った情報を辿った結果だ。医者は振り返りざまに点頭した。

「うむ、もう一人の聖女様のことですな。奥の部屋におりますが……」
 医者は眉根をぐっと寄せた。益々獲物に迫る猛禽類を彷彿とさせて、ミスリアは生唾を飲み込んだ。
「会いますか? 私ゃ勧めはしませんがね」

「え……どうしてですか……?」
 彼女に会う為にわざわざ足を――正確には足を使ったのはゲズゥでミスリアは車椅子を押されていただけだが――運んだというのに。
 医者は口元を掌で覆い、その手の中に深いため息をついた。或いは覆っていたのは欠伸だったかもしれない。

「まあよいでしょう。それはまず会ってみた方が話が早い」
 そう言って医者は白衣を脱ぎ捨て、襟を立てた深紫色のワイシャツ姿を露にした。ついて来るようにと手で合図する。それに呼応して車椅子が動き出した。背後の青年に「すみません」と声をかけるも、特に応答は無い。
 暗い廊下を、三人で進んだ。医者の足取りは緩慢としていた。

「近辺をうろついているのを私めが保護しましてね。こう言っちゃなんですが、路地裏の住人と間違えましたぞ」
「路地裏!? そんな――」
 あの気高く清廉な聖女レティカがまさか、と耳を疑う。

「悲惨なもんでしたさ。髪まで汚物に塗れて服は破け。這うようにふらふら歩き。ブツブツと低い声でしきりに何かを呟いていた姿は、そりゃあ気が触れた人間にしか思えなんだ」




 医師が白衣を着るようになったのは19世紀以降らしいですね。が、この物語は100%フィクションなので関係ありません。

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