33.a.
2014 / 06 / 05 ( Thu )
 これまでにも幾度となく見上げてきた背中が遠ざかっていく――。
 聖女ミスリア・ノイラートはそれが人混みに呑み込まれて完全に見えなくなるまで、静かに見届けていた。
 あまり多くの時間を要しなかった。去り行く青年、ゲズゥ・スディルは元より足が速くて、そして今、何一つ顧みずに走っている。

 そう、必死に駆けている。
 ミスリアは彼の心中を想像してえもいわれぬ心苦しさを覚えた。同時に、幾月も共にあった護衛が離れて行くことに不安も覚えていた。

 旅を始めた当初から変わらず、姿が見えなくてもいつも近くにその存在を感じていた。ウペティギの城での一件で一度引き離された時があったが、それを除けばほぼずっと一緒に居た。今はあの時とは事情が違うし、自ら送り出したのだと、わかっている、けれど。
 モヤモヤとした薄暗い感情を鎮めようと、両手を握り合わせる。

「……どうか」
 司教座聖堂の玄関先であることも気に留めずに跪き、深く頭を垂れて祈る姿勢を取った。

「どうか、彼らに大いなる神々と聖獣の加護があらんことを」
 ヴィールヴ=ハイス教団に賜った聖女の証、十字に似た特殊な銀細工のペンダントを親指と人差し指の間に握った。
 強く、強く握り締めた。

(お願い神さま聖獣さま……ううん、この祈りが届くなら誰でもいい)
 ぎゅっと目を瞑り、歯噛みして無心に祈った。

 ――あのひとを助けてください――!

 無事を願う、ひたすらにその為だけに。
 力みすぎているのか、両手がガタガタと震えていた。
 祈る心の強さが力となって通じるならば何時間でもそうしていたかった。けれども現実はあっさりと横槍を入れてくる。

「聖女ミスリア!? そのようなところで膝をついてはいけません、礼服が汚れましてよ!」
「お立ちになって!」
 イマリナ=タユスの大聖堂(カテドラル)に仕える修道女たちが玄関に姿を現す。

 両肩を掴まれ、強引に立たされる。ミスリアは特に抵抗しなかった。
 そのまま蒼穹の建物の中へと引かれていった。

「まったくどうされましたの? 護衛の方もいきなり憑かれたように飛び出しますし……」
「聖女様、お顔色が優れませんね」
 二人の修道女の呼びかけに、ミスリアは弱い笑みを返した。

「夕方の参拝……水晶の祭壇に祈りを捧げる時刻まで、どれくらいの猶予がありますか」
 古風な造りの渡り廊下を歩きながら、口早に訊ねた。
 外の風はもう冬のものと間違いないくらいに冷えている。

「え? そうですわね、二時間未満でしょうか」
 二人は顔を見合わせてゆったり応ずる。
「では私はその時に備えて先に身を清めます。それからは礼拝室に篭もりますので、時間になったら呼びに来てください」

「まあ、篭もってどうされるんですの?」
「一切の妨げを失くして祈祷する以外に何がありましょう」
 修道女の一人が首を傾げて質問するも、もう一人が当然だと言わんばかりに答えた。
「それはそうでしょうけれど……」
「聖女様がそれを望まれるのなら、わかりましたわ。後で呼びに行きます」

「ありがとうございます」
 ミスリアは精一杯の微笑みをつくって一礼した。

_______




 始まりますよ~。
 今回のエピソードは正統派群像劇(?)になると思います。またぐわっと長いかもしれませんが、一緒に走り抜けましょう★ね

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